2019年05月26日

PICKUP NEWS

音やにおいで判断、毒殺を目の当たりにした証言も…脳性まひの男性が障がい者の沖縄戦を調査・執筆 「僕だからこそ書ける視点で」(2019/5/26琉球新報)
 沖縄戦の最新の研究成果を反映し網羅的に分かりやすくまとめた「沖縄戦を知る事典―非体験世代が語り継ぐ」(吉川弘文館)が25日までに発刊された。「障がい者」の項目を執筆したのは、生まれつきの脳性麻痺(まひ)のため、肢体不自由のハンディがある上間祥之介さん(23)=南風原町=だ。戦争を体験した視覚障がい者2人、聴覚障がい者1人、肢体不自由者1人の計4人に、当事者の視点から聞き取り調査をし、参考文献を踏まえて執筆した。「僕だからこそ書ける視点を大事にしたい」という上間さん。視覚や聴覚など障がいによって異なる体験の特徴を出したいと思いを込めて書いた。
 関係者によると、障がい者自身が当事者の視点で戦争体験を調査し、成果をまとめたことは「全国的にも前例がないのではないか」と指摘する。
 上間さんが障がい者の戦争体験について調べ始めたのは、沖縄国際大に在学中だった。当時、沖国大教授だった吉浜忍さんが講師を務める沖縄戦の講義を3年生の時に受講し、関心を深めた。卒業論文は障がい者の沖縄戦体験についてまとめた。2018年3月に大学を卒業し、今回の事典で障がい者の項目の執筆を吉浜さんから打診を受けて引き受けた。
 研究者や地域史編集者ら経験豊富な執筆者がいる中で、上間さんは「僕で大丈夫かなと不安もあった」と明かす。
 聞き取り調査をへて、戦場を逃げる中、視覚障がい者は音やにおいで状況を読み取ったことや、障がい者を毒殺する光景を目の当たりにした証言なども記録し、まとめ上げた。

 執筆者に推薦した吉浜さんは「上間さんには、当事者としてわれわれには分からない体験がある。調査する意欲に頭が下がる。障がい者の戦争体験の証言は本当に少ない。今後も多様な体験を聞き取りし、障がい者にとっての沖縄戦体験の全容を捉えてほしい」と語った。(古堅一樹)
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-924931.html
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PICKUP NEWS

国会前5000人「辺野古NO」 全国総行動 32都道府県で訴え(2019/5/26東京新聞)
 【東京】名護市辺野古の新基地建設断念を訴える総行動が25日、全国各地で一斉にあった。多くの場所で真夏日となり今年一番の暑さを記録する中、32都道府県38カ所で街頭活動や集会、講演会などが開かれ、参加者が「辺野古NO」の意思を示した。東京都の国会周辺には主催者発表で5千人が集まり、「政府は沖縄の民意に従え」などと抗議の声を上げた。・・・
 主催団体の野平晋作さんは「県民投票の結果、今度こそボールは完全に本土の側に投げられた。解決の責任は私たちにある」とあいさつ。県民投票の結果を受けて岩屋毅防衛相が「沖縄には沖縄の、国には国の民主主義がある」と発言したことを取り上げ「沖縄の民意を尊重できないなら、日本には民主主義がないということだ」と批判した。
 玉城デニー知事もメッセージを寄せ、安倍政権の対応により「憲法の理念が脅かされている」と指摘した。沖縄から駆け付けたヘリ基地反対協議会の安次富浩共同代表は「勝つためには諦めないこと。このモットーを合言葉に闘いを続けてほしい」と呼び掛けた。
 県民投票の結果の尊重を政府に求める意見書を今年3月に採択した武蔵野市議会(東京)の内山智子市議は、「反対の行動を起こすのは本土であり、東京で意思を示し行動することが求められている」と語った。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-923719.html



<社説>親の体罰禁止法 懲戒権の削除が急務だ(2019/5/26琉球新報)
 「しつけ」と称した親の体罰を禁止する児童虐待防止法と児童福祉法の改正案が成立する見通しとなった。子どもに暴力を振るってはならないという意識を国民に認識させる意味で一歩前進だと言える。法律で明文化されたことで児童相談所などが介入しやすくなる。

 ただし、親権者に必要な範囲で子どもを戒めることを認めている民法の懲戒権については、改正法施行後2年をめどに検討するとした。改正法で体罰は禁止としながら、民法上は懲戒権を認めるというのは矛盾している。体罰を明確に禁じるために、早急に民法の懲戒権を削除すべきだ。
・・・ 虐待された子どもを保護する児童相談所では、一時保護などの「介入」に対応する職員と、保護者の相談など「支援」を担当する職員を分け、介入の機能を強化する。児童相談所で子どもたちの対応に当たる児童福祉司についても体制を強化する。
 心愛さんが学校に虐待を訴えたことが教育委員会から父親に漏れたことを踏まえ、学校や教育委員会、児童福祉施設の職員に守秘義務を課すことも盛り込まれた。ドメスティックバイオレンス(DV)に対応する機関との連携も強化する。
 ただ、体罰の定義は今後、ガイドラインで定めるとするなどあいまいな部分は残されている。野党側は対案として、虐待した親を対象とする再発防止プログラムの実施を求めていたが、改正案では都道府県や児童相談所が虐待をした保護者への指導に努めることとされた。
・・・ 「愛のムチ」という言葉が使われるように、日本は体罰に寛容とされる。児童虐待の加害者は実の親が多い。虐待を根絶するためには、たたかないしつけの方法を伝えたり、子育てに悩んでいる人の相談を受けたりするなど親に対する支援拡充が必要だ。
 全国の児童相談所が対応した児童虐待の件数は年々増え続け、2017年度は13万3778件に上る。児童相談所の体制強化は喫緊の課題だ。自治体任せにせず、国が本格的な財政支援に乗り出さなければならない。
 「おねがい、ゆるして」と大学ノートにつづった結愛ちゃん、「先生、どうにかできませんか」と訴えた心愛さん。悲劇を繰り返さないことは私たち大人の責任だ。しつけに懲戒権は必要ない。
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-924878.html



重機使用の工事再開 石垣陸自 「アセス必要」市民批判(2019/5/26琉球新報)
 【石垣】石垣市平得大俣への陸上自衛隊配備計画を巡り、沖縄防衛局は25日、国指定特別天然記念物カンムリワシの営巣活動が確認されたとして一時中断していた重機使用の工事を再開した。配備予定地ではダンプが砂利を搬入したり、パワーショベルが作業したりする様子が確認された。同日には伊波洋一参院議員が現場を視察し、防衛省職員からカンムリワシの保全対策などについて説明を受けた。
 石垣島に軍事基地をつくらせない市民連絡会メンバーと予定地に近接する高台から現場を視察した伊波氏は、4〜7月とされるカンムリワシの営巣期間外の調査に基づき、3月に着工した防衛省の姿勢を批判。「営巣期間は工事を中止し、環境影響評価(アセスメント)をきちんとするべきだと防衛省職員には伝えた」とした。
 市民連絡会共同代表の上原秀政さん(64)は「アセス逃れのために3月に着工を強行した後に営巣が見つかった。アセスを実施しないから後から後から問題が出てくる。住民の理解を得るというのならば、アセスは必要だ」と指摘した。
 現場を訪れた配備予定地に近い川原公民館長の具志堅正さん(57)は「工事再開はやはり早い。(防衛局が再開の根拠とした)島外有識者だけでなく、地元専門家の意見を聞いて初めて影響があるかどうか分かると思う。防衛局の主張をすんなり受け入れた市長にも、カンムリワシのことをもっと慎重に考えてほしい」と求めた。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-924929.html



(社説)インドの政治 13億人の公平な発展を(2019/5/25朝日新聞)
 人口はすでに13億を超えている。数年のうちには中国を抜き、世界一になると予想されるのがインドだ。その大国のかじ取りを現職のモディ首相がさらに5年続けることになった。
 23日に開票された総選挙で与党連合が圧勝を確実にした。堅実な経済に加え、隣国との争いやテロなどの危機を訴える戦略が効いたとみられる。
・・・ 互いに核兵器を持つ両国には厳格な自制が必要だ。パキスタンのカーン首相は対話を呼びかけている。インドの安定した政権基盤が確保されたいまこそ、雪解けの模索を望む。
 5年前にモディ氏が首相に選ばれたときは、経済が争点だった。州の首相として経済を発展させた実績を持つモディ氏は就任後、税制の見直しや投資環境の整備などを進めた。前政権にくらべ成長率は1〜2ポイント高い7〜8%を記録している。インフレも低い水準だ。
 それでも昨年末の州議会選で与党は連敗した。成長の果実が国民全体に行き渡らず、農村は疲弊しているなどとの批判が一定の支持を集めたからだ。モディ氏が今回の総選挙では経済より安全保障を前面に押し出した理由とされる。
 格差の問題から目をそらすことはできまい。世界銀行の定める貧困層はインドに1億7千万人以上いて、世界の貧困層の4分の1を占める。広大な国家にとって容易でないのは理解できるが、公平な富の分配に努力してほしい。
 中国経済が減速するなかで、インドが均衡ある発展をとげ、安定した社会を維持できるかどうか、世界が注目している。
 その点で、モディ氏の属するインド人民党の掲げるヒンドゥー至上主義が懸念される。人口の8割はヒンドゥー教徒で、イスラム教徒への暴力事件などが相次いでいる。いまも残る身分階層で最も低いとされる「ダリト」への差別も深刻だ。
 今年3月の国連人権理事会では、「不平等が深刻で、少数派への迫害が増えている」と報告された。分断政策は経済発展を阻害するという報告の指摘を重く受け止めるべきだ。
・・・ 安倍首相はモディ氏と12回会談するなど関係を深めてきた。中国への牽制(けんせい)という目先の利益にのみとらわれることなく、幅広い国際秩序の安定に役立つ日印関係をめざすべきだろう。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14028634.html?iref=comtop_shasetsu_02



<金口木舌>切り捨てられる「端っこ」(2019/5/24琉球新報)
 「宮古島は何かがあれば切り捨てられる『端っこ』なんだ」。宮古島市で自衛隊配備に反対する「てぃだぬふぁ 島の子の平和な未来をつくる会」の楚南有香子共同代表の言葉だ

▼琉球民族独立総合研究学会のシンポジウムで、楚南さんは1880年に政府が宮古、八重山を清(中国)に割譲する提案をしたことに触れた。先島が実際に分割されることはなかったが、日本が欧米諸国並みの中国内地通商権などを得るための代償にされるところだった
▼楚南さんはその経緯から沖縄戦、現在の自衛隊配備までの流れを挙げて「ミサイルが配備され、標的になれば住民に逃げ場はない。沖縄本島も同じだ」と訴えた
▼沖縄戦を前に配備された日本軍(第32軍)は県民を守るためではなく、米軍を引き留めておく目的で配備された。住民保護の視点は欠落し、地上戦での犠牲者は日米合わせて20万人を超えた
▼防衛省が2012年、石垣島での戦闘を想定して島しょ奪回のため必要となる自衛隊の戦力などを検討していたことが分かっている。沖縄本島への地対艦ミサイル部隊の配備も検討されている
▼楚南さんは「『日本は戦争しないんだよね』と子どもたちに聞かれても、すぐに『そうだよ』と答えられないのがつらい」と語った。子どもたちの未来は切り捨て可能な「端っこ」ではない。県民全体で議論すべき課題だ。
https://ryukyushimpo.jp/column/entry-923709.html



(声)田んぼで農薬、続けていいのか(2019/5/22朝日新聞) 無職 山田國雄(愛知県 81)
 私の住むところは、町中とはいえ、まだ田んぼや畑が広がっている。7年前、兄が肺がん宣告を受けた。兄は左官の親方で親から引き継いだ畑もやっていた。見舞った時スイカを植えたいといい、すぐに私は慣れない手で畑にくわを入れた。それを見て兄は満足して逝った。

 今年も田んぼを耕す季節がきて、農道やあぜ道が茶色になった。田んぼのほとんどの所有者は、有料で請け負う農家や農機具販売店などに任せる。その業者たちが草刈りの手間を省くために、除草剤を農道やあぜ道に散布したため草が枯れた。

 さらに田んぼにも除草剤が散布される。この強い農薬が、平気で当然のようにまかれ、それは田んぼに溶け米の中に入り込んでいく。毎年繰り返される。安全で、人体に影響ないと言えるだろうか。やがて成分は川へ海へと流れていく。

 小学校低学年の頃、蛍が飛び、田んぼの上をトビも舞い蛇もよく見た。田んぼのタニシ、トンボの姿はもう見ない。農薬使用をずっと続けていいのだろうか。地球上で100万種の動植物が絶滅の危機に瀕(ひん)しているとの報道があったが、いま一度振り返って考える必要がある。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14024179.html?ref=pcviewpage


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2019年05月20日

PICKUP NEWS

【国際】「占領軍 攻撃するしか」 2004年イラク陸自砲撃の元民兵(2019/5/20東京新聞)
 米軍がイラクに侵攻した翌二〇〇四年、南部サマワに派遣された陸上自衛隊は、イスラム教シーア派民兵の砲撃や爆弾に苦しんだ。「人道復興支援」を掲げる陸自をなぜ、米軍と同じ「占領軍」とみなして攻撃したのか。派遣開始から十五年。元民兵らがサマワで共同通信の取材に応じ「日本を尊敬しているが、軍を派遣するなら攻撃するしかなかった」と証言した。
 サマワは国内で最も貧しいムサンナ州の州都で、人口約十五万人。陸自は〇四年一月から〇六年七月まで駐留し、病院や学校、道路の修復や給水などの復興支援に従事した。
 市民の多くは「日本が来なければ誰も助けてくれなかった」(非政府組織の代表者)と感謝を口にする。だが支援の象徴だった大型火力発電所は部品故障で一三年に稼働を停止。整備した浄水場のモーターも壊れていた。
 四月の夜、サマワの貧困地区にある民家で七人の元民兵が取材に応じた。「私は日本の宿営地にロケット弾を撃ち込んだ」。失業中のサレハ(33)は、記者にお茶を勧めた後そう話し始めた。
 七人はシーア派の反米指導者サドル師派の民兵組織「マハディ軍」の元メンバー。うち二人は駐留オランダ軍に親族を殺害された。米軍に拘束された者も含め警官や技術者などさまざまな職業に転身している。
 マハディ軍は陸自宿営地を十回以上砲撃し、車列にも爆弾攻撃をした。陸自側に死傷者はなかったが「甚大な被害に結びついた可能性もあった」(陸自の「イラク復興支援活動行動史」)。
 当時十代前半だった最年少のアハメド(28)は「戦後復興を果たした日本はイラクの手本。民間支援なら歓迎された」と振り返る。警官になったメイサン(33)は「道路や病院の修復には感謝する」と話した。
 だが年長のハッサン(45)は「日本から来たのは軍隊。占領軍を受け入れる者はいない」。サレハは「攻撃で日本の世論を動かし、政府への撤退圧力とすることが狙いだった」と説明した。
 日本が陸自派遣に踏み切った背景に、イラクへの「ブーツ・オン・ザ・グラウンド(地上部隊派遣)」を求める米政府の意向があったことも、元民兵らは把握していた。
 「日本は部隊派遣を米国に強制され、派遣が国益にかなうと考えたのだろう」。一人がそう言うと、ハッサンは「だからといってサマワを(日米協力をPRする)劇場として使うなど許せるわけがない」と訴えた。  
https://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201905/CK2019052002000119.html



(声)詩と共にあるイランの暮らし(2019/5/20朝日新聞) 無職 鈴村明子(神奈川県 70)
 イランへのツアーに参加したのは4月だった。かつてのペルシャ。子供の頃に愛読した「アラビアンナイト」、高校時代に図書館で見つけた「ペルシャ詩集」の国だ。

 古都シラーズでは、14世紀の叙情詩人ハーフェズの廟(びょう)に行った。「コーランのない家はあっても、ハーフェズ詩集のない家はない」と言うほど国民的な詩人。人が絶えない廟の前で、ガイドのアリ氏が彼の詩を読んでくれた。いただいた日本語訳を読むと、死をも超える美しい愛の詩だった。「そなたの芳香(かおり)で私は墓から踊りながら起き上がろう……」

 最終日の観光地で出会った若者が、シラーズから来たという。先の詩を読んでくれと頼むと、驚きつつも笑顔で朗唱してくれた。

 集合場所近くでは、若い女性に「焼きたてのナンを買ったので味見を」と声を掛けられた。母親とやはりシラーズから来たという。ハーフェズに再登場願うと母親は頬を赤めて朗唱し、私を抱きしめてくれた。

 イラン情勢が緊迫しているが、どこにも生身の人間の暮らしがある。それを壊す権利が誰にあるのか。紛争は軍事力で解決できないし、またしてはならない。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14021561.html?ref=pcviewpage



(社説)裁判員制度10年 司法と市民、鍛え合って前へ(2019/5/20朝日新聞)
 戦後最大の司法の変革である裁判員制度が始まって、あすでちょうど10年になる。
 これまでに約9万人が裁判員を経験し、1万2千人の被告に判決が言い渡された。運用はおおむね順調といえるが、浮かびあがった課題も少なくない。
 刑事裁判にふつうの人の感覚や視点を採り入れることによって、市民との距離を縮め、司法を真に社会に根ざしたものにするために、この制度は導入された。今後も不断の検証と改善に取り組まなければならない。

 ■交錯する光と影
 10年間の最大の成果は、裁判がわかりやすくなったことだ。
 警察や検察が作った供述調書に頼らず、公開の法廷でのやり取りや客観証拠をもとに、検察が有罪を証明できているかを見きわめる。刑事裁判の本来の姿が、関係者の間で広く共有されるようになった。
 捜査側が持つ証拠を弁護側に開示する手続きが整備され、被告と弁護人がしっかり準備できる環境を整えるため、保釈が認められやすくなった。言った言わないの争いをしなくて済むように、取り調べ状況の録音録画も行われることになった。
・・・ 量刑面でも変化があった。介護殺人などで被告の事情をくんだ判決や、更生への期待を込めた保護観察つき判決が増えた。逆に人間の尊厳を踏みにじる性犯罪の量刑は重くなり、一昨年の刑法改正にもつながった。市民参加の果実といえる。
 一方で裁判員らが導き出した量刑が、高裁さらには最高裁で破棄されるケースも目につく。過去の判決例から逸脱し過ぎていると指摘されるものが多く、公平性と市民感覚をどう両立させるかが問われている。
・・・ 一審の裁判官は、刑の均衡の大切さについて裁判員にどんな説明をしたのか。それでもなお過去の基準にとらわれるべきではないと判断した事情を、判決の中で説得力をもって明らかにしているか。かたや上級審は、市民が得心できる理由を示したうえで覆しているか。
 直接、間接の対話を通じて相互の理解を深める努力が、いま改めて求められている。

 ■問われる法曹三者
 制度の今後を考えたとき、一番の懸念は参加率の低下だ。
 裁判員の候補者に選ばれても辞退する人は、当初の53%から67%に。辞退の手続きをしないまま呼び出し日に欠席する人も3割を超える。最高裁は「運営に支障はなく、裁判員の属性も大きく偏ってはいない」というが、軽視できない事態だ。
・・・ 裁判員事件の審理日数の平均は、制度がほぼ軌道に乗った2010年の4・2日から、昨年は6・4日になった。丁寧な審理を望む裁判員の声に応えてきた面があるにせよ、長くなれば参加できない人は増える。
 裁判に先立ち、裁判官、検察官、弁護人の法曹三者で、争点や提出する証拠を絞りこむ公判前整理手続きにかかる期間も、同じく延びている。公判の開始が遅れるほど関係者の記憶は薄れる。わかりやすい法廷をめざすための手続きが審理の質を損なうことになれば、本末転倒と言わざるを得ない。・・・

 ■導入の原点忘れずに
 市民参加の意義は、刑事司法の改革にとどまらない。
 司法に対する国民の理解と支持を高め、立法や行政に対峙(たいじ)する基盤を強める。市民も司法権の行使に直接関与することで、民主主義の担い手として成熟する。それも狙いとされた。
 だが実現はなお遠い。
 例えば民主政治の根幹に関わる一票の格差訴訟で、最高裁は国会に是正を迫る姿勢をむしろ後退させている。憲法の理念に基づき少数者の権利を守るという、司法本来の使命を忘れた判断が下級審も含め散見される。期待外れと言うほかない。
 市民の側に目を転じると、裁判員経験者からは、犯罪やそれを生んだ社会問題を「わがこと」ととらえ、考えるようになったとの声が多く聞かれる。一方で容疑者・被告への過剰なバッシングや、人権や民主主義を語ることを揶揄(やゆ)したり、おとしめたりする風潮が強まり、世の中に暗い影を落としている。・・・
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14021559.html?iref=comtop_shasetsu_01



【社説】市民裁判員10年 民主主義を学ぶために(2019/5/20東京新聞)
 裁判員制度が始まって十年になる。プロ裁判官だけの刑事裁判の世界に市民たちが風穴を開けるか期待された。民主主義を学ぶ学校であることも。
 フランスの思想家モンテスキューの名著「法の精神」の一節…。
 <裁判権力を身分や職業に結び付けないで、一年のある時期に選ばれた市民に担わせるべきだ>
 十八世紀の書物だが、市民の司法参加は現代では先進諸国で広く行われている。米国の陪審制、西欧の参審制…。日本では一九八〇年代に確定死刑囚の再審で四件の無罪判決が出て、「プロ裁判」のほころびがあらわになった。刑事法の泰斗で、元東大学長の平野龍一氏は八五年にこう記した。
◆市民感覚の変化が
 <陪審制や参審制でも導入しない限り、わが国の刑事裁判はかなり絶望的である>
 裁判官は捜査結果を追認するだけに終わり、それが冤罪(えんざい)の原因になっていると…。「真実を見抜く眼力を持っていると裁判官が考えるのは自信過剰」とも記した。
 刑事裁判に市民の感覚を反映させる目的で、二〇〇九年五月二十一日に導入されたのが裁判員制度だ。二十歳以上の有権者から選ばれた市民六人が、裁判官三人とともに審理する。・・・
 裁判員は捜査結果の追認ではいけないし、真実を見抜く眼力も欲しい。プロ裁判官と違い、市井の人として、それぞれの良識を生かしたい。
 この十年間で、裁判員裁判は一万二千件を超え、裁判員は補充裁判員も含め約九万一千人。プロ裁判官のみの刑事裁判と比較して変化はあった。
 例えば「介護殺人」など家族間の事件で情状酌量の判断が多く示された。これはまさに市民感覚の反映であろう。性犯罪では重罰へと進んだ。
◆死刑判決は全員一致で
 裁判官裁判時代では強制性交等致死傷罪(強姦(ごうかん)致死傷罪)の量刑が懲役五年以下が最多だったのに、懲役七年以下へと重くなった。全体では死刑が三十七件、無期懲役が二百三十三件、無罪は百四件だった。
 一方で、裁判員の候補者が辞退する割合は、制度が始まった〇九年の53・1%から年々上昇し、速報値では68・4%に上った。事前に辞退しなかった候補者が、選任手続きのため裁判所に出向く出席率も、〇九年の83・9%から66・5%に減った。
・・・ 問題は公判前の整理手続きできちんと争点が絞り込まれているかどうかだ。裁判員制度で劇的に変化したのは「調書裁判」から「公判中心主義」への脱皮だ。供述調書に過度に依存した裁判から、法廷で直接、話を聞く裁判へと変わり、わかりやすくなった。
 だから、事前に争点がきちんと絞り込まれていれば、裁判員の審理日数もおのずと減るはずである。一八年には公判前整理手続きの期間が平均八・二カ月もあり、議論が拡散傾向にないかと指摘されている。制度に関し、指摘すべき点はまだまだある。
 例えば、死刑判決についてだ。誤判なら取り返しのつかない刑罰だけに、死刑については多数決ではなく、本来は全員一致での評決にすべきであると考える。
 また米国では陪審員が比較的自由にメディアの前で評議の中身を語ったりする。だが、日本では守秘義務が課せられ、広く社会に自分の経験を語ることができない。
 裁判員の経験を「良い」と答える人は95%以上もいるのに、それが社会に響かないのは、守秘義務の鎖で、口を縛られているからではないのか。制度理解のためにも、もっと語らせるべきだ。
◆人民のための学校だ
 十九世紀のフランスの政治思想家トクヴィルは米国の陪審制についてこう記した。
 <人民の審判力を育成し、その自然的叡智(えいち)をふやすように役立つ(中略)無料の、そして常に公開されている学校のようなものである>
 単なる裁判ではなく、民主主義を養う人民の学校であると看破した。日本の裁判員制度もまた同じであろう。長い歴史を持つ陪審と比べ日本はまだ十年だ。民主主義を成熟させる良き学校としたい。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019052002000154.html



<社説>ハンセン病市民学会 差別や偏見なくす契機に(2019/5/20琉球新報)
 ハンセン病に対する差別や偏見をなくすとともに、学校や社会で正しい知識を伝えるための啓発活動に取り組み、地域全体で人権を守る意識を醸成する契機としたい。

 全国のハンセン病回復者や支援者らでつくる「ハンセン病市民学会」の第15回総会・交流集会が3日間の日程で石垣市と宮古島市できょうまで開かれている。
 市民学会は基本的には療養所がある場所での開催だったという。今回初めて、療養所のない石垣市で初日の集会を開いた。これには、療養所のない場所でもハンセン病に対する啓発を進めたいとの主催者の強い思いがあった。
 シンポジウムで語られた回復者の体験は悲痛なものだ。石垣市出身で、鹿児島県の星塚敬愛園に入所する上野正子さん(92)は、結婚の報告のため帰省した際、曲がった手のせいで両親に押し入れに隠れるよう命じられた。
 宮良正吉さん(73)は回復後も病歴を隠し続けたが、2001年の国家賠償訴訟の後、大阪で語り部として差別をなくす取り組みを始める。「回復者やその家族はいまだに根深く続く差別・偏見の中で身を隠すように生きている」と証言した。
 ハンセン病は戦後、特効薬が開発され、治る病となった。しかし国は患者の強制隔離政策をとり続けた。隔離政策がハンセン病への恐怖感を植え付け、差別を生み、患者や回復者、その家族をも苦しめてきた。
 ハンセン病患者の強制隔離を約90年にわたって合法化した「らい予防法」が廃止されたのは1996年だ。だが、ハンセン病に対する社会の差別や偏見は完全には払拭(ふっしょく)されていない。
 その証左の一つはハンセン病家族訴訟だ。5月31日に熊本地裁で判決を迎える家族訴訟の原告561人のほとんどは匿名だ。社会に出て証言できない家族たちの苦しみもいまだ存在する。29人の証人尋問では一家離散や学校でのいじめ、婚約破棄、離婚に追い込まれるなどの実態が明かされた。
 市民学会が行政に求めたように、偏見・差別の解消に向けた啓発活動が重要だ。回復者の里帰りを支援すれば交流によって理解を深めることもできる。
 また、療養所以外にはハンセン病の症例を経験した医師が少なく、後遺症の治療が地域で受けにくいといった問題もある。回復者に対する医療やカウンセリングなどの支援も必要だ。
 治る病となった後も、回復者とその家族が差別にさらされてきたのは私たちにも責任がある。
 差別をする側は往々にして、差別を受ける側の苦しみやつらさに無関心だ。悲惨な境遇に見て見ぬふりをし、悲痛な叫びに耳を傾けてこなかった。国の隔離政策を放置してきたのは私たち社会の問題だと自覚したい。
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-921193.html


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