2019年06月30日

PICKUP NEWS

<原発のない国へ>再エネでエネルギー安保向上 独経済・エネルギー省次官に聞く(2019/6/30東京新聞)
 中東ホルムズ海峡でのタンカーへの攻撃では、原油価格が一時急騰し、化石燃料の輸入に依存する日本のエネルギー安全保障の脆弱(ぜいじゃく)さが浮き彫りになった。ドイツ経済・エネルギー省のアンドレアス・ファイヒト次官(48)は原発ではなく再生可能エネルギーの拡大こそが「エネルギー安全保障の向上につながる」と指摘している。
 ファイヒト氏は本紙のインタビューで、再エネが増えれば、その分、石油や石炭を燃料にした火力発電を抑えることができ、燃料輸入も減るため、「中東などで緊張が高まったとしても影響が小さくて済む」と強調。さらに再エネの価格については「世界ではどんどん安くなっている。原発や石炭火力など新規の大型発電所では価格の面でも太刀打ちできなくなってきている」と明言した。
 とりわけ原子力については、「新設コストが今後は膨らむリスクが非常に高い。大規模ゆえの建設リスクと、原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)は、どちらも現時点では解消できない」と述べた。
 ドイツでは原発、脱石炭、再エネ推進などを含めた戦略を「エネルギー転換」と呼び、政権交代などの曲折を経ながらも推進してきた。現在の課題についてファイヒト氏は「費用対効果が高い形で再エネを増やすことが重要だ」と挙げ、送配電網を再エネに適応できるよう増強するためにも「送配電会社に増強に投資するインセンティブ(動機づけ)を与える必要がある」とした。
 「エネルギー転換は同時に矛盾なく合理的に進めなければならない。短距離走ではなくマラソンだ」と話している。 
<アンドレアス・ファイヒト氏> 電力や水道など公共事業専門のコンサルティング会社社長などを歴任し、2019年2月より現職。経済・エネルギー省の次官3人のうちエネルギー政策を担当。長野県内で15、16両日に開かれた20カ国・地域(G20)エネルギー・環境相会合に出席した
https://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201906/CK2019063002000123.html



【社会】過労 無給医 医療事故のリスク警鐘も(2019/6/30東京新聞)
 文部科学省の調査で、労働実態がありながら給料が払われていない「無給医」が、全国で二千人以上いることが明らかになった問題。多くが大学病院の仕事をしつつ、生活のためアルバイトに追われる。雇用契約がなく、労災や医療事故の責任があいまいなケースまで発覚。長年の医療界の慣習に「やむを得ない」と語る経験者もいるが、過去には過労が影響し、死亡した例もあった。患者や医療の質への影響が懸念される。
 「バイト先でカルテを書く途中、パソコンに突っ伏して寝てしまった」。数年前、東京都内の大学病院で、給料なしに働いていた女性医師(32)は振り返った。
 国家試験合格後、二年の初期研修を終え、学位と専門医の資格を目指して大学院へ。年間百万円超の学費を支払いながら、大学病院の仕事をこなした。
 給料が保障されていた研修医時代とは一変。大学病院では医師としての仕事が週五〜六日びっしりとあり、手術が終わる深夜まで待機したことも。生活費のため、別の病院の外科や救急でバイトをして、当直明けに大学院の講義を受けた。本分である研究や論文執筆は、土日や深夜にするしかなかった。
 体力的に耐えられず、五年次で退学。しかし、こうした待遇に「ある意味、仕方がない」という思いが強い。教授や先輩はもっと厳しい仕事をしており、「修業の身だから、食べる分はバイトで稼ぐしかない」と話す。
 医療関係者によると、無給医のほとんどが大学病院で勤務する。若手医師は学位や資格取得に必要な経験を積み、大学側はコストをかけず、人手を確保できる。若手は大学から紹介された病院でバイトをして、生活費をまかなう。
 子育て世代の無給医は「学生の身分で、保育園の入園希望が通らない」と漏らすが、将来の人事やバイトの紹介に影響する可能性があり、表だって声を上げられない。
 文部科学省は二〇〇六年から、国会議員の働きかけを受け、診療に従事する大学院生に対象を絞り、雇用契約の有無を調査した。ところが一三年、契約率100%との結果を得て、一六年を最後に調査していなかった。昨年の一部報道を受け、改めて調査に着手。担当者は「雇用契約がある以上、給料が支払われていると考えていた」とし、柴山昌彦文科相は「従前の調査は表層的だったのかなと思う」と述べた。
 無給でなくとも、数百円程度の時給で長時間働く大学病院の医師は少なくないという。こうした医師について、NPO法人医療ガバナンス研究所の上(かみ)昌広理事長は「メリハリなく働き、医療事故のリスクが高くなる」と指摘する。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201906/CK2019063002000119.html



<参院選ルポ>自民王国「配備」に不信 地上イージス候補地 山口・阿武町(2019/6/30東京新聞)
 安倍政治の是非を問う参院選が七月四日公示、二十一日に投票される。改憲や年金問題をはじめ、暮らしや消費税率引き上げ、地方再生、教育、格差、防衛…と争点はいくらでもある。有権者は政治に何を求めているのか。低投票率を脱することはできるのか。争点の現場を訪ね、人々に聞く。
 「『ええとこがあった。ここじゃ』と最初から決めているとしか思えない」
 山口県阿武(あぶ)町宇生賀(うぶか)の山あいの集落は、前日からの雨が続いていた。干上がりかけたため池に、潤いが戻った六月半ば。地元の農業吉岡勝さん(66)は「恵みの雨だ」と一瞬、笑顔を見せたが、山に目をやり顔を曇らせた。「一生懸命、みんなで農業法人もつくってやってきたのに何でよ」。田んぼの際で、小指の先ほどのカエルがぴっと跳ねた。
 不安の矛先は地上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」だ。集落のすぐそばの山に広がる陸上自衛隊むつみ演習場(同県萩市、阿武町)が、配備候補地となっている。防衛省は昨秋から地質や水質、電波環境などの現地調査を実施。五月末からもう一つの候補地、秋田市の陸自新屋(あらや)演習場の地元と並行して、調査結果の説明を始めた。
 レーダー波は集落の上を通り、照射範囲下には小学校もある。心配だらけなのに「安全に配備・運用できる」という結論。秋田で説明資料の作成ミスや、職員の居眠りなどがあった直後、六月十四日に開かれた阿武町の説明会は深夜に及んだ。迎撃ミサイルの落下物を心配する住民から「危険は100%ないのか」と詰め寄られ、防衛省担当者が答えに窮する一幕もあったが、決めぜりふは「引き続きご理解を得られるよう努力したい」
 吉岡さんは今年二月に設立した「配備に反対する町民の会」の会長でもある。国政も地方も「自民オンリー」という土地柄だが、会員は町の有権者の55%にあたる千六百人を超えた。「(首相の)安倍さんは地元の山口なら大丈夫、みたいな感覚だったのかもしれん。でもここはレーダー波を出す方向に人が住んでいる。何でここにこだわるのか」と、「配備ありき」の姿勢に不信が口をつく。

◆「米に言われたんやろ」
 集落からつづら折りの山道を抜けて車で三十分。町の中心部に近い奈古港で、栓が開いた缶ビールを胸ポケットに突っ込んだ元漁師の男性(69)に声をかけた。「反対の会員にはなっとらんけど気持ちはわかる。そりゃねえ方がええわ」。ただどこか煮え切らない。近くの主婦(72)も「よう分からん」と繰り返すので、賛成か、と尋ねると慌てて「賛成はせんよ。でも、よう分からん」。
 港近くの飲食店経営の男性(59)は「反対ばかりしとったら、絶対に山陰道なんかに影響が出るわ」と明かした。山陰道は、鳥取から山口をつなぎ、物流や観光の効果をうたう自動車専用道路。阿武町内も通る予定の国の事業だ。町内のアショア誘致派から「早(は)よできんくなるぞ」というささやきを聞くという。「結局トランプ(米大統領)に言われて買うんやろ」
 再び山に向かい、演習場に隣接する畑でレタスやハクサイを育てる若手農業者の白松靖之さん(43)を訪ねた。携帯電話の電波も途切れる山あい。いずれ子どもたちに仕事を継いでほしいが、アショアのおかげで将来設計が揺らぐ。町を分断するような空気も感じている。「そんな嫌がらせ、まさかと思うけどあっちゃいけん。弱い者いじめだ」とため息をつき、つぶやいた。「僕も保守的な人間。国防は理解している。でも沖縄も岩国も、基地問題は人ごとじゃいけん。当事者になってやっと分かった」。参院選の投票先は考えあぐねている。

<イージス・アショア配備問題> 北朝鮮の脅威を背景に、弾道ミサイル防衛(BMD)の一環として政府が計画。2018年6月、配備候補地を秋田県と山口県の2カ所に決定した。秋田の適地調査結果では、レーダー波が山に遮られるとして「不適」とした地点から山を見上げる仰角が過大だったことが発覚し、調査のずさんさが問題化。山口でも高台の標高に誤差があった。導入費用は総額6000億円以上とされる。当初は23年ごろの配備を見込んでいたが、地元の反発などで25年以降にずれ込むのは確実。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201906/CK2019063002000122.html


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2019年06月29日

PICKUP NEWS

木製ストロー好評 間伐材活用「口当たり優しい」(2019/6/29東京新聞)
 海洋プラスチックごみ問題への対策が急がれる中、プラスチック製ストローを店で提供するのをやめたり、代替素材に切り替えたりする動きが出ている。木製のストローにも注目が集まり、G20の閣僚級会合でも使用。既に導入しているレストランでは、利用者から評価する声が上がっている。
 環境ジャーナリストの竹田有里さん(31)が間伐材を有効活用しようと、木材のストローを発案。木造住宅を手掛けるアキュラホーム、ザ・キャピトルホテル東急と開発し、厚さ〇・一五ミリに削ったスギを巻いた口径約五ミリ、長さ約二十センチのストローを作った。
 同ホテルでは、今年一月からラウンジで試験的に使い始めた。広報担当者は「木目は高級感があり、ほのかにする木の香りも飲み物の味を変えるものではない」と説明。利用客からは「口当たりが優しい」「温かみがある」といった意見が聞かれ、他のレストランにも拡大した。
 竹田さんによると、現在は手作業で作っており、一本当たりの価格は数十円で、プラスチック製に比べるとコストがかかる。それでも木製に賛同し、導入したいという要望が相次いでいる。
 五月から始まったG20の農相会合やエネルギー・環境相会合などの会場では、参加者が使用したり、展示されたりした。自治体からも、間伐材の地産地消のため作りたいとの声が寄せられているという。
 「値段が高いので普及しないのではと心配していたが、導入が広がっているのはうれしい」と竹田さん。「ストローによって問題が解決するわけではないが、考えるきっかけになればいい」と話した。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201906/CK2019062902000268.html



れいわ、重度障害の女性擁立「生産性で人間の価値が…」(2019/6/29朝日新聞)
 政治団体「れいわ新選組」の山本太郎代表(参院議員)は28日、東京都内で記者会見し、重度障害のある木村英子氏(54)を参院選で擁立すると発表した。れいわの擁立候補は4人目。山本氏は自らも含め、候補者を選挙区と比例区にどう振り分けるか今後決めるとしている。
 木村氏は、車椅子に座った状態で山本氏と並んで会見。生後8カ月のときに首を損傷し、全身を動かすことができず、介助者の付き添いを受けながら障害者支援に取り組んでいるという。木村氏は「普段の生活の中に障害者が少なく、健常者との間で心のバリアーが大きい。自分の体をもって障害者政策を少しでも変えたい」と述べた。
 山本氏は「今回の候補者は『生産性』(をテーマに擁立した)。生産性で人間の価値がはかられる社会になっている」と指摘。その上で「国会の議場は車いすが入れる態勢でなく、介助者も許されていない。700人以上国会議員がいながら、どうして当事者がいないのか。当事者抜きで当事者のことを決めるのはおかしくないですか」と訴えた。
https://digital.asahi.com/articles/ASM6X5W74M6XUTFK026.html?iref=comtop_list_pol_n05



メディアの差別に奮起 インド社会最下層の記者が人権誌(2019/6/29朝日新聞)
 触れたり一緒に食事をしたりしただけでけがれ、結婚相手としては避けなければならない――。インドにいまなお根強く残るカースト制度で、最下層におかれて差別される人々の実態を月刊誌で訴え続ける男性がいる。アショク・ダスさん(36)。新聞記者をやめて、雑誌づくりを決心したきっかけとは。
 インドの伝統的な身分制度であるカーストで、「ダリト」は最下層におかれる。触れるとけがれる存在として差別されてきた人たちをテーマに記事を書いている。
 結婚式で同じテーブルで食事をしただけで暴行され死亡したダリトの男性。ダリトを殴ったことを自慢する警察官。カースト差別が憲法で禁じられた今も起きる理不尽な出来事を報じては、モディ政権の無策ぶりを批判してきた。
 自分もダリトだ。2006年に大学を卒業後、社会を変えられたらと新聞記者になった。だが、同僚は相部屋を嫌がり、近づかない。周囲が次々昇進するのに「見習い」扱いが続き、重要な取材にかかわることもできなかった。
 「記者の多くは最高位のバラモン。ダリトのニュースは誰も書かなかった。それなら自分で書くしかないと思った」。10年にウェブサイトを作って記事を書き始め、12年に月刊誌「ダリト・ダスタク」をひとりで創刊した。
 ダスタクはヒンディー語で「ノック」の意味だ。声を出すことすら禁じられてきたダリトが社会の扉をたたく音、との思いを込めた。創刊費用は差別を受けてきた人たちからの寄付や広告料を充てた。1冊30ルピー(約48円)。今は月に約1万5千部が売れる。

 「『もっとひどいことがある』と情報がひっきりなしに届く」。日刊紙にしたいと考えている。
https://digital.asahi.com/articles/ASM6565Q3M65UHBI01X.html?iref=comtop_8_06



(声)葛藤の末、父の蘇生を希望せず(2019/6/29朝日新聞) 主婦 高田亜希帆(神奈川県 47)
 一昨年のことです。一人暮らしの父を訪ねると、倒れていて呼びかけても応答がありません。心臓が動いているのか確かめられず気も動転し、119番。救急隊員がかけつけてくれ、父が運び込まれた救急車内で真っ先に確認されたのが「蘇生処置をするかどうか」でした。それによって搬送先が変わるとのことでした。

 非常に迷いました。娘として父を助けたい。けれどもほんの1カ月前に「もしものことがあっても、絶対に延命はするな」と言われていました。泣く泣く蘇生を希望せず、父はかかりつけの病院へ運ばれ、主治医に死亡を確認してもらいました。意識のない父を私がタクシーで運ぶのは難しく、119番はやむを得ない選択だったと思ってきました。

 しかし、蘇生処置を断るケースが相次いで救急隊員に葛藤が生まれているとの記事(25日)を読み、申し訳ない気持ちになりました。救命の責務のある彼らにも、つらい選択をさせてしまったのかと。

 もしもの時の対応を家族で話し合うのはもちろん、救急車で蘇生中止は認められるのか、救急車を呼ぶ以外にどんな方法があるのか、社会でも情報共有が必要だと感じます。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14074615.html?ref=pcviewpage



ハンセン病元患者家族の被害認定 「おやじ、すまなかった」実名公表の赤塚さん(2019/6/29東京新聞)
 肉親との絆を断ち切られ、冷たい偏見の目にさらされ続けた苦しみに、司法が光を当てた。ハンセン病元患者の家族への差別を認め、救済につながる道を示した二十八日の熊本地裁判決。元患者を隔離する政策を違憲と断じた判決から十八年余りを経て、同じ裁判所で再び歓喜の声が上がった。首都圏の元患者や支援者も判決を喜びつつ、今も続く差別や偏見への苦しみを語った。 
 勝訴の瞬間、嫌悪し遠ざけてきた父親の顔が、脳裏に浮かんだ。ハンセン病患者だった父の無念が身に染みて分かったのは、亡くなった後。「おやじ、すまなかった」。鹿児島県・奄美大島に暮らす原告副団長の赤塚興一さん(81)は、贖罪(しょくざい)の思いを胸に、実名を公表して裁判を闘った。
 小学生の時、父が国立療養所の奄美和光園に入所した。赤塚さんは周りから「こじき」と呼ばれ、友人の親には理由もなく顔を殴りつけられた。「おやじのせいでこんな目に」。父への忌避感が心に刻み込まれた。故郷から逃げるように上京し、町工場で働いた。「元気にやっているか」。気遣う父の手紙に、一度も返事を書いていない。地元に戻り名瀬市(現在の奄美市)で市議になってからも、父の病は伏せた。
 忘れられないのは、赤塚さんの家に遊びに来て、幼い孫を抱く父のうれしそうな姿だ。子どもにうつるのでは、早く帰ってほしい−。そんな思いが口をついた。「おまえがそんなことを言うなら首を切って死ぬ」。血走った父の目。差別の痛みを知りながら、いつしか父を差別していた。後悔は消えない。父は一九九〇年に亡くなった。
 二〇〇一年、国の責任を認めて元患者への賠償を命じた熊本地裁判決により、父が受けた被害と無念の深さを思い知ったという。「もう、隠したくない」。偏見におびえ、父の存在を隠し続けた人生と決別し、実名を明かして集団提訴に加わった。
 患者の処遇が誤りだったことが公然の事実となった今でも、差別は「霧のように残っている」と感じる。「いつまで家族は、びくびくしなければいけないんですか」。昨年十二月、最終弁論で訴えた。思いは裁判官らに届いたのだろう。それでも心は晴れない。二十八日、家族を救済に導く判決が出て支援者から祝福されても、力なく笑って応えるのが精いっぱいだった。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201906/CK2019062902000151.html



記憶の苦しみ消えない 宮森小事故あすで60年 大竹さん、つらい証言決意(2019/6/29琉球新報)
 全身が焼けただれた少女の姿、やけどした皮膚をはがされた時の痛み―。「60年たつ今も、悪夢が度々襲う。傷は癒えても、記憶という苦しみは死ぬまで消えない」。沖縄県うるま市石川(旧石川市)の宮森小学校で1959年、米軍戦闘機が墜落し、児童ら18人が犠牲になった事故から30日で60年。当時2年生だった大竹昭夫さん(68)=与那原町=は全身にやけどを負い、今も右腕にくっきりと傷跡が残る。これまで思い出すまいと口をつぐんできたが「繰り返される米軍の横暴に耐えられなくなった」と憤り、米軍基地があるが故の事件・事故を二度と起こしてはならないと、初めて重い口を開いた。
 当時、大竹さんは最も多くの犠牲者を出した2年3組だった。この日は給食当番で空になったミルク給食のやかんを持って教室を出た直後に事故が起こった。
 「すごい音がした」という証言も多数あるが、衝撃音の記憶はない。「何かおかしい」と上を見たら、無数の火の粉が降ってきたことだけ覚えている。
 とっさに給食室に飛び込み、ひさしから辺りを見回すと教室が激しく燃えていた。慌てて校舎2階に避難しようとした時、何気なく水飲み場に目を向けると、全身が焼けて黒くなった女の子が水を飲んでいた。遺体安置所となった教室には小さな遺体が並べられた。全身やけどした仲良しの友人に先生が必死で水を掛ける姿を目撃した。
 「あの時は状況を理解できなかったが、今になって脳裏に焼き付いた光景の恐ろしさがじわじわと襲ってくる」
 その日、自宅へ戻って初めて、大竹さんは4年生の姉・重子さんと母親から墜落事故があったことや、自身が全身にやけどをしていることを知らされたという。
 母親に連れられ、学校で治療を受けた。それまで痛みを感じなかったのに「米軍の衛生兵にやけどした皮をはがされ、液状のものが出た時はとても痛かった」。
 その夜、米軍の衛生兵が陸軍病院に入院させるため、大竹さんの自宅にタンカを持ってやって来た。「米兵に捕まったら何をされるか分からない」と恐怖でとっさに逃げた。
 幸い母が看護師だったため、自宅で療養することが認められた。少しずつ体の傷は癒えたが、今も心の傷は深い。事故後、大竹さんが見舞金として受け取ったのはわずか50ドルだった。
 「米軍は60年前も今も変わらずわが物顔で町を闊歩(かっぽ)し、県民の背負ってきた苦悩を知らない」。宮森小での体験を一生話さないと決めていたが、相次ぐ米軍機による部品落下事故や女性殺害事件に、いたたまれなくなった。自然豊かな海を壊し、軍事強化を目指す辺野古新基地建設にも怒りが湧く。

 「基地あるが故の事件、事故を無くすには、沖縄だけでなく日本から全ての基地を撤去するしかない」。宮森の記憶を証言することで「基地に反対する人が一人でも増えてほしい」と願っている。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-945135.html



家族救済へ一歩 ハンセン病家族訴訟判決 「お金で人生戻らず」原告、喜びと無念さ(2019/6/29琉球新報)
 早朝の雨が上がり、青空が広がる熊本地裁前で掲げられた「勝訴」の二文字。原告や支援者から大きな拍手が湧き起こった。原告561人のうち、約4割が沖縄県在住者のハンセン病家族訴訟で、熊本地裁は元患者の家族が受けた差別と偏見の責任が国にあると認めた。閉廷後の法廷で弁護団の徳田靖之共同代表は原告らと握手を交わし喜びを分かち合った。半面、一部の原告の訴えが退けられたことに、不満もにじんだ。

 熊本地裁には全国各地から原告や支援者が集まり、県内からも多くの関係者が駆け付けた。そこには、ハンセン病回復者で偏見差別の解消に向けた活動に取り組む平良仁雄さん(80)の姿もあった。平良さんの子どもたちも今回、原告となった。

 地裁前でマイクを受け取った平良さんは「病のせいで子どもたちを温かい家庭で育てることができなかった。それも全て国策による被害だ」と判決を歓迎し、「国は控訴をやめ、まずは謝罪してほしい。謝ることなくして原告の前進はない」と声を張り上げた。

 勝訴の報告から2時間後に熊本市内のホテルで開かれた記者会見で、弁護団は「家族に対する差別偏見を除去すべき義務に反した責任を認めた画期的な判決だ」とする声明を発表した。一方で、判決が2002年以降の国の責任を認めず、一部の原告の請求を棄却したことは「不当と評価せざるを得ない」と、もろ手を挙げて喜ぶ内容ではないことを指摘した。

 原告らは判決への複雑な心境を語った。黄光男副団長は「被害が認められたと言いつつも、私の人生、このお金で何か変わるのか。勝訴といっても人生は取り戻しようがない。それを思うと、心の底から喜べるものかな」と割り切れない。

 その上で、判決は一つの「ステップ」であり、ハンセン病問題の解決に向けて「マスコミも市民も取り組んでほしい」と訴えた。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-945140.html


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2019年06月28日

PICKUP NEWS

ハンセン病家族訴訟 国に賠償を命じる 熊本地裁(2019/6/28琉球新報)
 【熊本で安富智希】国が長年続けたハンセン病強制隔離政策で、患者本人だけでなくその家族も深刻な偏見・差別を受けたとして、元患者の家族で県内在住の約240人を含む561人が国に謝罪と損害賠償を求めた訴訟の判決で、熊本地裁は28日午後2時、家族が受けた偏見差別の被害も隔離政策などにあったとして国の責任を認め、賠償を命じた。元患者の家族がおこした集団訴訟では初めての判決。
 原告の家族側は国の強制隔離政策がハンセン病を恐ろしい伝染病と広め、国民に恐怖心を植え付けと指摘した。政策が元患者だけではなく、患者予備軍としてその家族も標的としたなどと主張し、国の謝罪と賠償を求めた。
 国は強制隔離は患者を対象にした政策で「家族を対象にした政策ではない」と反論し、国の法的責任はないと主張した。
 家族らは2016年2月に提訴し、訴訟は18年12月に結審した。国の隔離政策を巡っては、元患者本人の訴訟で熊本地裁が01年に違憲と判断した。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-944701.html



筆洗(2019/6/28東京新聞)
 ワコールの創業者、塚本幸一さんは生前、自らを「生かされた人間」と称していた。戦争で所属した小隊五十五人のうち、生き残ったのは塚本さんら三人だけだったという。生と奇跡が、同じ意味に思える世界であったようだ。インパール作戦である▼待ち受けた英国軍の砲火に圧倒された。退却すると、飢えと病気に襲われる。渡ろうとした橋が、積み重なった戦友の遺体であることに気付きがくぜんとしている。読むのが苦しい記述が塚本さんの自伝には数多い。<生き地獄>で<死ねない苦しみ>を感じた、問題は<死に方だけ>だったともある。戦後は生かされた使命を感じて働くが、悪夢に叫び声をあげる夜は十年続いたそうだ▼嘱望された若者も平凡な夢をえがいていた若者もいただろう。三万人以上が命を失い、生き残った者の心に深い傷を残した戦いだった▼補給が厳しいと分かっていながら、インドの山深くに向け侵攻している。反対意見もあったが、勇ましい言葉が勝つ空気の中、軍の上層部が下した命令だろう▼大戦の中でも痛恨の極みの一つであり、記憶をぜったいに風化させてはならない作戦である。今年七十五年を迎えた。関係者が少なくなる中、先週、インパール近郊に平和資料館が開館したと報じられた▼展示された遺品などが物語っていようか。人は過つ。わずか七十五年前の生き地獄であろう。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2019062802000162.html



【社説】最高裁の判断 なぜ再審の扉を閉ざす(2019/6/28東京新聞)
 四十年間も潔白を訴えていた大崎事件(鹿児島)の原口アヤ子さんに再審の扉は開かなかった。最高裁が無実を示す新証拠の価値を一蹴したからだ。救済の道を閉ざした前代未聞の決定に驚く。
 「やっちょらん」−。原口さんは、そう一貫して訴えていた。殺人罪での服役。模範囚で、仮釈放の話はあったが、「罪を認めたことになる」と断った。十年間、服役しての再審請求だった。
 鹿児島県大崎町で一九七九年に起きた事件だった。被害者が酒に酔い、側溝に落ちているのを住民が発見した。三日後に遺体が自宅横にある牛小屋で見つかった。原口さんは隣に住み、被害者の義姉にあたる。親族の計四人が殺人容疑などで逮捕され、八一年に最高裁で確定した。
 そもそも本当に殺人なのかも疑われる事件だ。側溝に転落した際の「出血性ショック死の可能性が極めて高い」からだ。新証拠の鑑定はそう記している。この見方は地裁・高裁も支持している。何しろ確定判決時の鑑定は「他殺を想像させる。窒息死と推定」という程度のあいまいさだった。
 では、絞殺という根拠は何か。実は共犯者とされた親族の自白に寄り掛かっている。供述は捜査段階でくるくる変わる。虚偽自白の疑いとみても不思議でない。
 なぜ自白したか。「警察の調べが厳しかったから」だそうだ。しかも知的障害のある人だった。今なら取り調べが適切だったか、捜査側がチェックされたはずだ。
 最高裁は新鑑定を「遺体を直接検分していない」「十二枚の写真からしか遺体の情報を得られていない」と証明力を否定した。親族の自白は「相互に支え合い信用性は強固」とした。だが、本当に「強固」なのか。過去の冤罪(えんざい)事件では、捜査側が描くストーリーに沿った供述を得るため、強要や誘導があるのはもはや常識である。
 最高裁の判断には大いに違和感を持つ。審理を高裁に差し戻すこともできたはずである。事件の真相に接近するには、そうすべきだった。事故死か他殺かの決着も、再審公判でできたはずだ。再審取り消しは論理自体が強引である。もっと丁寧に真実を追求する姿勢が見えないと、国民の司法に対する信頼さえ損なう。
 「疑わしきは被告人の利益に」は再審請求にも当てはまる。その原則があるのも、裁判所は「無辜(むこ)の救済」の役目をも負っているからだ。再審のハードルを決して高めてはならない。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019062802000164.html



(声)親への暴力、自責感から悪循環(2019/6/28朝日新聞) 精神科医 宮本洋(茨城県 61)
 思春期・青年期を専門の一つとしているが、家庭内暴力における苦痛について父親と本人に聞き取りまとめたことがある。

 他人から暴力を受けた時の苦痛と比較してもらった。父親は、子からの暴力はそれほど苦痛とは感じない。一方、子どもにとって理解してくれるべき父親からの暴力は、他人からの暴力より苦痛が大きい。

 さらに、親に暴力をふるった時、子は強い自責感に駆られる。その苦痛は自分が暴力を受けた時と比較にならないほど大きい。それに耐えるため親をもっと「悪者」に仕立て苦痛を免れようとする。さらに激しい暴力をふるうという悪循環に陥る。

 親が子どもからの暴力に耐えることは、むしろ、本人を深刻に傷つけることに他ならない。「暴力に訴える機会を与えないこと」こそが「本人を保護すること」になる。

 基本的に、接触は回避せず、話し合いは続ける。暴力や興奮の兆しがあれば、その場から逃れる。興奮が落ち着いたころには戻る。それを繰り返すことで、子どもに「興奮すると相手にしてもらえない」と学習させ、暴力行為や親子関係の決定的な断絶なども防ぐことが期待できる。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14073064.html?ref=pcviewpage



(声)生徒と教師生き生き、豪の学校(2019/6/28朝日新聞) 中学校講師 池上禎一(福島県 62)
 毎朝、生徒たちは先生たちとあいさつを交わして玄関に入ります。笑顔と共に交わされるあいさつは、忙しい毎日の一服の清涼剤です。

 でも、練習試合などがあった翌日の月曜日などには、どんよりした空気が流れることがあります。

 5年ほど前に行ったオーストラリアの中高一貫校での研修を思い出しました。生き生きと生徒と触れあう先生方、そして自由に自分を表現し、活発に授業に臨む生徒には驚きを覚えました。

 生徒たちは午後3時半に帰宅。放課後の過ごし方を尋ねると、「農業大学に行きたいので勉強します」「夕飯の準備を家族とします」などそれぞれ自分の時間に充てていました。日本の部活動の話をすると、「家でやることないの」と質問されました。

 教師は教材研究をしても遅くとも午後5時には退勤し、家族と買い物や夕飯の準備などをするそうです。生徒も教師も毎日生き生きとしている理由はその辺りにあるのではと感じました。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14073066.html?ref=pcviewpage



(声)標高確認は基本中の基本だ(2019/6/28朝日新聞) 無職 山下昭子(福岡県 72)
 1919年生まれの亡き父は、旧日本陸軍の軍人であった。

 敵地で戦いを仕掛けるには、太陽・月・星の位置や気候、そして地形の確認が最重要項目とたたき込まれていた。軍隊の集合写真には背景に景色がないものが多く、あっても山のほんの一部が入っているくらい。山の高さなど、撮影場所につながる情報は写真からは分からない。

 父は戦後、戦争中の経験を生かして測量士となった。山の高さは、高校の数学で習う三角関数を使えば計算できるものだと言っていた。

 防衛省が国土地理院の数値と異なる山の標高データを報告書に記したということだが、山の高さの確認は防衛のイロハ。もし間違えたのだとしたら、統計不正のやり方と同じで、わざととも思える形で間違えたのではないかと思ってしまう。

 わざと間違えたのでないなら、日本の防衛省は初歩的な防衛能力もないと思われても仕方がない。

 私の実家は山口県にある。秋田や山口・萩は日本より米国のための前哨部隊のようだ。初めから秋田、萩ありきだったのだ。政府は正直に国民に話しまずは謝るべきだ。国民を愚民とみなしてだましてはいけない。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14073065.html?ref=pcviewpage



(社説)大崎事件 再審の門を狭めるな(2019/6/28朝日新聞)
 冤罪(えんざい)はあってはならないという観点から事件を見直すことよりも、法的安定性を優先した決定と言わざるを得ない。
 40年前に鹿児島県大崎町で男性が遺体で見つかった事件で、最高裁が、裁判のやり直しを認めた地裁と高裁の判断をいずれも取り消し、再審を求めていた女性の訴えを退けた。極めて異例な事態である。
 もちろん確定した判決が簡単にひっくり返ってしまっては司法への信頼はゆらぎ、社会に悪影響を及ぼす。だが事件の経緯を振り返ると、最高裁の結論には釈然としない思いが残る。
 最大の争点は男性の死因だった。確定判決は「窒息死」としていたが、再審請求審で弁護側は、転倒事故による「出血性ショック死」の可能性が高いとする法医学者の新鑑定を提出。高裁は、これを踏まえると確定判決には様々な矛盾や不合理が生じるとして、裁判のやり直しを決めた。
 しかし最高裁は、遺体そのものではなく写真を基にしているなど、新鑑定がかかえる問題点を複数指摘し、「高裁の評価は間違っている」と述べた。
 この事件では、窒息死させる際に使ったというタオルが見つかっておらず、また、女性の共犯とされた関係者3人の供述は不自然に変遷していた。3人には知的障害があり、捜査員による誘導が生じやすいケースだ。そもそも窒息死という所見も、すでに腐敗していた遺体を解剖した医師が「消去法」で推定したものだと、当の医師が認め、後に見解を変えている。
 そんな脆弱(ぜいじゃく)な証拠構造の上にある判決であっても、いったん確定した以上は、よほど明白な事情がなければ覆すべきではない――。それが棄却決定を通して見える最高裁の考えだ。「疑わしきは被告人の利益に」という、再審にも適用される鉄則に照らし、妥当だろうか。
 女性が再審を請求したのは3回目で、1回目でも死因に疑問が呈され、地裁が開始決定を出している(後に取り消し)。つまり今回の最高裁決定以前に事件に関与した八つの裁判体のうち三つが、有罪としたことに疑問を抱いているのだ。
 近年、DNA型鑑定をはじめとする科学技術の進展や、検察の手持ち証拠の開示の拡大により、冤罪が晴れる例が続く。再審開始決定に従わず、上訴を繰り返す検察に疑問が寄せられ、そのあり方も含めて、再審に関する法制度を整備しようという機運が盛りあがっている。

 今回の決定で、こうした流れが逆行することは許されない。裁判に誤りがあった場合は速やかに正す。そのための最善の方策を追求し続けねばならない。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14073075.html?iref=comtop_shasetsu_02



<社説>イージス・アショア 配備の必要性から見直せ(2019/6/28琉球新報)
 防衛省が進める地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」配備計画を巡り、秋田市の陸上自衛隊新屋(あらや)演習場を「適地」とした調査に重大なミスが記載されるなど不手際が相次いでいる。最初から新屋ありきで、調査とは名ばかりだったのではないか。不信は深まる一方だ。
 岩屋毅防衛相は「信頼回復に全力を挙げたい」と言うが、ずさんな調査に基づく配備地の選定を白紙にすることから始めなければ信頼の回復などあろうはずがない。大臣が更迭されてもおかしくない深刻な事態だ。防衛相の責任を不問に付す安倍晋三首相の指導力にも疑問符が付く。
 イージス・アショアはレーダーと指揮通信システム、迎撃ミサイル発射機などで構成する防衛システムだ。陸上に配備し、弾道ミサイルを迎撃する。防衛省が配備地とする地元住民からは、レーダーが発する強い電磁波による健康被害への懸念や有事に攻撃目標となる恐れから、不安の声が上がっている。
 防衛省は新屋演習場への配備を説明する調査資料で、同演習場以外は、周囲にレーダーを遮る山があるため配備地として「不適」と断じた。だが、これは山を見上げた仰角を実際よりも過大に記載していたものだった。
 誤りを報じたのは地元紙の秋田魁新報だ。地形のデータに疑問を覚え、独自に計算した上、測量業者にも依頼してミスを確認した。報道を受けて防衛省は、担当職員が机上で仰角を計算した際に、「高さ」と「距離」の縮尺が異なる地図を使ったために起きたミスだったと認めた。
 秋田魁新報の調査報道がなければ、防衛省は「唯一の適地だ」と住民の反対を押し切っていたのではないか。
 地元の声を顧みず、配備地ありきで物事を進める防衛省の姿勢は、沖縄からすればさもありなんと感じる。
 宮古島市の陸上自衛隊駐屯地では、住民に説明もなく中距離多目的誘導弾などが保管されていた。報道で発覚すると防衛省は「説明が不足していた」と謝罪し、弾薬を島外に搬出した。辺野古新基地でも工事の実現性に関わる軟弱地盤の存在を隠し続けた。
 旧日本軍の隠蔽(いんぺい)体質がどこかに残っているのではないかと疑いたくなる。
 政府は対外有償軍事援助(FMS)によってイージス・アショアを導入する。2基の本体購入費の一部として約1399億円を支払う契約を米政府と交わした。米側の提示額や納期を日本政府が受け入れるFMSは事実上、米側の言い値だ。
 イージス・アショアは、ハワイやグアムに届くミサイルを撃ち落とす米国の防衛システムとして運用される可能性も指摘される。米国の言いなりになって負担を肩代わりするのであれば到底容認できるものではない。配備の必要性も含め、事実をつまびらかにした上で再検証が必要だ。
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-944346.html


posted by オダック at 20:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする