2019年07月28日

PICKUP NEWS

(声)「平和」を叫ぶ、庭の蛙も私も(2019/7/28朝日新聞) 雑誌記者 上遠野充(千葉県 60)
 参院選も終わり、8月15日が近づいてきた。74回目の終戦の日だ。

 さて、選挙期間中、例年にない長梅雨のせいか、わが家の庭の蛙(かわず)が元気に騒いでいた。小さな畑で除草剤も使用せず、無農薬で野菜を栽培している。

 今回、自公維で改憲発議に必要な3分の2以上の議席を獲得できなかったことは救いであった。安倍晋三首相は「憲法改正原案に向けた議論を呼びかけたい」と述べ、執念は衰えていない。

 自公連立政権は憲法解釈を閣議で変更し、安保法制を整備。特定秘密法や「共謀罪」法を強行採決した。このうえ、憲法改正手続きを定めた96条が改正され、発議要件が緩められたら大変だ。

 私は祖母の代からの創価学会員だが、今回は公明党に一票を投じられなかった。与党は国会で、国民が納得するまで論議をしてほしい。強引な政治手法は無農薬の田畑に農薬をばらまくのと同じで、蛙は死ぬ。私はわが庭の蛙のように、原点は平和主義にあり、「改憲NO!」と叫び続ける。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14116743.html?ref=pcviewpage



(声)当事者の2人、国会に新風を(2019/7/28朝日新聞) 無職 奥屋平(宮崎県 74)
 山本太郎氏が率いる政治団体「れいわ新選組」が参院選比例区で2議席を獲得した。当選したのは筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の舩後(ふなご)靖彦さんと、脳性まひで重度障害のある木村英子さんである。

 結果を知ってまず思ったのは、国会内外でのハードな議員活動を2人がどこまでこなせるのだろうか、活動をサポートする健常者の議員が必要ではなかったかということだ。

 しかし、すぐ思い直した。当事者の議員がいてこそ、その議員活動を成立させるための環境整備がなされると思うからだ。

 国会を私たちの住む街、地域の縮図と考えてみる。ノーマライゼーションが言われて久しいが、インフラ整備も心のバリアフリーも、叫ばれるほどには進んでいない。国会がハード、ソフト両面において障害者の方々に優しい環境づくりをすすめるいい契機かもしれない。

 老後に2千万円が不足するという問題もしかり。年金問題が国会議員にとっての「我が事」であれば、もっと国民目線の活発な論議がなされたのではないだろうか。

 「れいわ」のお二人には国会のあり方に新風を吹き込んでほしい。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14116742.html?ref=pcviewpage



(声)尊い贈り物、子々孫々伝えたい(2019/7/28朝日新聞) 無職 山内孝子(愛知県 88)
 わが国が始めた世界史上空前絶後の、悲惨で、愚劣な戦争の顛末(てんまつ)を、生き残りの私たちはもっと声を大にして語り継ぐべきだった。

 私たちが選んだ「選良」と呼ばれる人々が、私たちを再び奈落の底に陥れるのではないか。そんな不安が脳裏をかすめるとき、後悔の念に駆り立てられる。

 少女時代、私たちは学徒動員令によって学業を捨てさせられ、「東洋一の兵器工場」と言われた豊川海軍工廠(こうしょう)(愛知県)で懸命に兵器増産に励んだ。終戦間近の1945年8月7日、工廠はB29の空襲によりわずか30分で廃墟(はいきょ)と化し、2500人以上の犠牲者を出した。今の中学生にあたる少年少女も含まれていた。

 私は奇跡的に生き延び、終戦を迎えた。死別の悲しみ、家族の病気。家も土地も失い、貧窮にさいなまれ、自死も考えた。この無謀な戦争で失われた命は310万人。この尊い犠牲によって、日本国憲法は得られた。長い長い戦争の犠牲となった人々の尊い贈り物である。

 私たちは二度と戦争の惨禍を繰り返すまいと恒久平和を誓った。子々孫々、この贈り物を大切に伝えていってほしいと願う。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14116741.html?ref=pcviewpage



【社説】週のはじめに考える 民意の「外」から見れば(2019/7/28東京新聞)
 見る場所によって、違うものに見える。そんな視覚トリックのアート作品がありますが、どう見えるかで、どこから見ているかが分かることもあります。
 先の参院選の結果は、安倍首相には、こう見えたようです。
 「少なくとも、(改憲の)議論は行うべきだ。それが国民の審判だ」
 あまつさえ、「この民意を正面から受け止めてほしい」と野党に呼びかけさえしました。
◆米紙「改憲の権限なし」
 根拠は、与党が「勝利」したから、でしょう。確かに、開票日翌日の朝刊各紙一面には、「与党が改選過半数」の大きな見出しが躍りました。
 しかし、もう一つの大見出しは「改憲勢力3分の2割れ」(小紙はそれが一番手)です。衆院に続いて、改憲勢力が三分の二以上を占め、国会での発議ができる勢力になるかどうかが最大の焦点でしたが、そうはなりませんでした。
・・・ 選挙区で、首相が率いる自民党は議席の五割以上を獲得しましたが、全有権者に占める絶対得票率は、18・9%にすぎません。しかも、前回参院選から2ポイント以上のダウン。第二次安倍政権発足後に行われた参院選三回、衆院選二回で、二割を切ったのは今回が初めてです。
 参院選後の共同通信の世論調査によれば、安倍政権下での改憲に「反対」との回答は56%、「賛成」の32・2%を大きく上回っています。
 また、安倍内閣が優先して取り組むべき課題を二つまで選んでもらった問いでも、「年金・医療・介護」や「景気や雇用など経済政策」が上位を占め、「改憲」は実に、九つの選択肢で最も低い6・9%にすぎなかったのです。
・・・ 「シンゾー・アベは勝利を宣言したが、改憲の権限はなし」。そう掲げた米紙の見出しの方が、よほど素直です。
◆選挙後に「3分の2」
 冒頭、見る場所によって見えるものが変わるアート作品のことを書きましたが、問題は、では、首相はどんな所から、この選挙結果を見ていたのかということです。
 キーワードは、恐らく「議論する」。
 思えば、首相は選挙中、率直に改憲したい、と訴えるより、「改憲を議論する政党・候補か、議論しない政党・候補か」と繰り返していました。仮に改憲勢力が三分の二を割っても、与党が勝ちさえすれば「議論は行うべきだ、が国民の審判」と主張できる−。そう平仄(ひょうそく)を合わせられるよう、周到に練った戦略的修辞だったことがうかがえます。
 要するに、選挙結果、三分の二がどうあれ、とにかく改憲に突き進む腹づもりだった。だとすれば、もはや首相の視座は選挙−首相の言葉を借りるなら「国民の審判」や「民意」の“外”にある、と考えるほかありません。
 実際、記者会見で首相はこうも言っています。「国民民主党の中には、議論すべきだという方々がたくさんいる」。今後、「議論する」を誘い水に、何人か(あるいは丸ごと)改憲勢力に取り込む戦略です。数議席足りなかった三分の二を、文字通り、選挙=民意の“外”で達成してしまおうというのですから、いうなれば、首相の目に「国民民主」は見えていても、「国民」は見えていないということになりましょう。
 そもそも、なぜ改憲しなければならないのでしょう。国民から強い要請があるわけではない、どころか、反対が多いのに。
 首相は九条に自衛隊を明記するという自民党案について、「それだけにとらわれず、与野党を超えて三分の二の賛同が得られる案を練る」とも言っています。さらに民放番組では、国会発議と国民投票を「私の任期中に何とか実現したい」と。
 なぜ国の大事をなすのに「私の任期中」なのか。もはや、なぜ改憲するのかという核心は溶融し、「どう改憲するか」ではなく、ただ「自分の手で改憲する」こと自体が目的になっているように聞こえなくもありません。
◆間違った立ち位置
 人々の多くが安倍政権に期待しているのは「改憲」、では決してありません。先にあげた世論調査で言えば、最下位の項目です。それが、最優先に見えているのだとしたら、やはり首相の立ち位置、見ている場所が間違っている。民意の“外”にいるからです。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019072802000132.html



<社説>重度障がい者の当選 共生社会を築く契機に(2019/7/28琉球新報)
 重い障がいのある国会議員が登場する。れいわ新選組から参院選に出馬し、初当選した船後靖彦氏(61)と木村英子氏(54)だ。

 船後氏は41歳で全身の筋肉が徐々に動かなくなる「筋萎縮性側索硬化症」(ALS)を発症した。現在は声を発せられず、歯でかむセンサーでパソコンを操作し、介助者が示す文字盤を目線で追って意思を伝える。木村氏は生後8カ月で障がいを負った。
 国会は船後、木村両氏の議員活動を保障するために、できることはすべて実行すべきだ。それによって、障がい者に対する理解が深まり、ハンディのある人たちが少しでも暮らしやすい社会に近づく契機になればいい。その意味で、両氏の当選は画期的な出来事だ。
 当たり前のことであるが、難病や障がいは誰にでも起こり得る。
 高齢化社会が進み、体が不自由になったり、寝たきりになったりする可能性は高くなった。しかし、現状は障がいのある人に優しい社会とは言えない。障がい者でなくても、例えばベビーカーを押していれば、道路の歩きにくさや公共交通機関の使いづらさなどを多くの人が経験しているだろう。
 国会のバリアフリーが進んだきっかけは脊髄損傷で車いすを使っていた八代英太氏の当選だった。障がい者用トイレやスロープが設置され、郵政相として入閣後は官邸に車いす用リフトができた。
 今回はさらに進んだバリアフリー化が必要だ。大型の電動車いすを使い、医療機器用の電源も必要な両氏のために、国会は出入り口近くに車いすのまま着席できる議席を設置し、電源を設置する。裁決に当たっては介助者がボタンを押し、代筆することを認めた。
 こうしたハード面の整備以外にも対応が必要だ。船後氏は文字盤を使用して会話するため意思表示に時間がかかる。
 まだ壁はある。重度障がい者は障害者総合支援法に基づく「重度訪問介護」で日常生活の介助を受けられる。しかし支援法は「経済活動にかかる支援」は雇用主らが負担すべきであるとの考え方から議員活動中は介護サービスへの公費負担が打ち切られる。両氏は「障がい者は働くなということか。仕事を持つことこそ自立支援だ」と訴える。厚労省は「現行制度では対応が難しい」との回答だが、議員活動に影響が出ないような支援が必要ではないか。
 声が出ない船後氏はALS患者らが利用する「分身ロボット」の導入を要望しており、障がい者の自立支援運動に取り組む木村氏は障がい児と健常児がともに学び会うインクルーシブ教育の実現を目指す。
 「障がい者や社会的弱者が住みやすい国に」との両氏の声は重い。真の共生社会をつくるにはどうすればいいのか。一人一人が自分事として考える必要がある。
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-961794.html


posted by オダック at 16:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月20日

PICKUP NEWS

イランが英タンカーを拿捕、報復行為か ホルムズ海峡(2019/7/20朝日新聞)
 イランの最高指導者直属の精鋭部隊・革命防衛隊は19日、中東のホルムズ海峡で英国の石油タンカー1隻を拿捕(だほ)したと明らかにした。英領ジブラルタルの自治政府が今月4日にイランの原油を積んだタンカーを拿捕したことなどへの報復とみられる。同海峡をめぐっては、米国が対イラン包囲網の構築を目指す「有志連合」の結成を呼びかけるなど、緊張が高まっている。
 防衛隊は拿捕の理由について、「国際的な海洋規制の順守を怠ったため」としている。タンカーは現在、検査や法的な措置を受けるためにイランの港に向かっているという。
 タンカーの所有会社と管理会社が19日夜に出した共同声明によると、英国時間の19日午後4時(日本時間20日午前0時)ごろ、英船籍の「ステナ・インペロ」が同海峡の公海を航行中、所属不明の複数の小型船とヘリコプターが接近。その後、タンカーはイランに向かって北進し、連絡がとれなくなったという。タンカーには23人が乗っていたが、けが人の情報はないという。
・・・ 英メディアによると、英企業が所有するリベリア船籍のタンカーも一時拿捕されたが、その後解放され、航行を再開したという。
https://digital.asahi.com/articles/ASM7N1F3VM7MUHBI03R.html?iref=comtop_list_int_n02



イラン外交官に米が移動制限 ザリフ氏、国連に是正要求(2019/7/20朝日新聞)
 米国との緊張が高まる中、イランのザリフ外相は18日、ニューヨークの国連本部でグテーレス事務総長と会談した。イラン外交筋によると、ザリフ氏やイラン代表部の外交官がビザを発給する米国から厳しい移動制限を受けているといい、是正を求めたという。
 ザリフ氏は14〜19日にニューヨークに滞在。だが、マンハッタン島内では、国連本部とイラン代表部、大使公邸の3カ所の間しか動けないよう米国から求められた。ロイター通信によると、この制限は12日からイラン代表部の外交官や家族にも適用されている。
・・・ 一方、ポンペオ米国務長官はワシントン・ポスト紙の取材に「米国の外交官は(イランの首都の)テヘランを歩き回らない。イランの外交官もニューヨークを自由に歩く理由は見いだせない」と正当性を主張。ザリフ氏については「悪意に満ちたプロパガンダを広めるために米国の自由さを利用している」と語った。
 米国は国連との合意のもと、外交官に国連本部への出入りを許可するビザの発給義務を負っている。国連のハク副報道官は18日までに会見で、複数回にわたり「憂慮している」と表明。米イラン双方と連絡を取っており、米国には懸念を伝えたという。
https://digital.asahi.com/articles/ASM7M3JGRM7MUHBI015.html?iref=comtop_list_int_n04



東電、福島第二廃炉を月内にも正式決定 福島県に伝達へ(2019/7/20朝日新聞)
 福島第二原発(福島県)の全4基について、東京電力ホールディングス(HD)が月内に開く取締役会で廃炉を正式に決める見通しであることが分かった。小早川智明社長が福島県庁を訪れ、方針を伝える。
 福島第二をめぐっては、小早川社長が昨年6月に福島県の内堀雅雄知事に、「廃炉の方向で具体的な検討に入りたい」と伝えていた。その後、具体的な廃炉工程などを検討してきた。
 福島第二の4基は1982〜87年に運転を開始。いずれも運転開始から30年をすぎ、原則的な運転期間の40年に近づいていた。再稼働に必要な安全対策などの工事には、数千億円規模の追加投資が必要だった。
 東電は4基の廃炉費用を計約2800億円と見込む。廃炉になれば、東電の原発は柏崎刈羽原発(新潟県)の7基と、建設中の東通原発(青森県)だけとなる。
https://digital.asahi.com/articles/ASM7M778PM7MULFA03P.html?iref=comtop_list_biz_n01



(声)語りつぐ戦争 被爆した「南方特別留学生」(2019/7/20朝日新聞) 無職 挟間敏子(広島県 82)
 4月に全面リニューアルした広島平和記念資料館(原爆資料館)を先日訪れ、1枚の見覚えのある写真に釘付けになった。現在のマレーシア出身のアブドゥル・ラザクさん。広島文理科大学(現広島大)の「南方特別留学生」だった。1945年8月6日の広島原爆投下時は20歳。被爆したが生き残られた。被爆死したお仲間の名前が説明文にあった。

 私は小学2年の時、この方々と同じ屋根の下、大学の留学生寮で暮らしていた。前年に父が病死し、母は寮の炊事婦として住み込み、私と4歳上の姉との3人暮らし。お国の歌を教わるなど可愛がってもらった留学生のことを忘れない。亡母のアルバムにラザクさんの写真もあった。

 45年4月、私は山口県の親戚宅へ疎開。母も7月に山口へ移り助かった。女学生の姉は学徒動員で広島に残り被爆死。遺骨も見つからない。

 南方特別留学生とは何か、大人になって知った。日本が占領下の国々で親日指導者を育てるため有力者の子らを集めた国費留学生だ。帰郷したラザクさんは大学講師に。被爆体験を語り、何度か来日。2013年に広島大から名誉博士号を授与され、その後亡くなったと最近知った。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14104427.html?ref=pcviewpage



(声)語りつぐ戦争 母の心に生きていた28歳の兄(2019/7/20朝日新聞) 無職 島田龍太(奈良県 61)
 91歳で先日亡くなった母には12歳年上の兄がいた。私の伯父だ。32年、神奈川県の横須賀海軍航空隊に少年飛行兵(後の飛行予科練習生、予科練)として入隊。妹である母を可愛がり、郷里の和歌山に帰った時はデパートに連れて行き、洋服や帽子、靴を買ってくれたという。

 44年11月、南洋の米軍基地発のB29が東京に現れて以来、伯父は偵察機「彩雲(さいうん)」で米軍基地を偵察し、写真撮影を行う任務についた。米軍機との遭遇を避けてかなりの高度をたびたび飛行し、機内の温度は氷点下という酷寒の任務だったようだ。

 その頃、突然、伯父が郷里に帰ってきたことを母は鮮明に記憶していた。それが最後の別れとなった。45年4月、沖縄戦が激しくなる中、伯父は石垣島方面の偵察に単機で飛び立ち、「敵飛行機見ユ」と打電を残し、戦死。28歳、幼子2人を残して。

 晩年の母は認知症だった。ある夜、母が天井を見つめ、「知った人が大勢迎えに来た。兄さんが皆をにらんで追い返している」と言った。やがて正気に戻った母は「兄さん、無念だったろうに。生きたかったろうに」と泣いた。74年過ぎてなお、母の心に28歳の兄は生きていた。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14104428.html?ref=pcviewpage


(声)語りつぐ戦争 基地と隣り合わせの恐怖感じた(2019/7/20朝日新聞) 高校生 小林優祈(東京都 17)
 修学旅行で沖縄に行った。たくさんの自然、文化に触れると同時に、道端に基地移設反対のポスターが並び、空を見上げればガイドさんの声をかき消す爆音をたてて米軍機が飛ぶ様子を目の当たりにした。

 沖縄を訪れる前は、基地移設の何が問題なのか、普天間の危険が除去されるならよいのではないか、と安易に考えていた。だが実際は、高台から見える広大な米軍基地、それから無数の戦闘機に圧倒され、これらと隣り合わせで毎日過ごすことを思うと、心の底から恐怖を感じた。

 その不安と負担は現地に住んでいる人、そして実際に訪れた人にしかわからないものだと思う。「唯一の解決策」だからと、県民の反対を押し切ってまで基地移設を強行する理由は何だろう。

 沖縄返還から47年。このことを考えている国民はどのくらいいるのだろう。時がたつにつれて忘れられ、他人事(ひとごと)になってしまっていいのだろうか。私たち若者が政治に興味を持ち、沖縄県民の心に寄り添って考えるべきだ。沖縄の方々が安心して過ごせる未来を信じて、私も「声」を上げる。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14104429.html?ref=pcviewpage



(声)語りつぐ戦争 弟の死、戦地の父に言えぬ母(2019/7/20朝日新聞) 無職 益池雅子(大阪府 81)
 40年冬、大阪に身重の母を残して陸軍歩兵の父は中国へ出征。年末に双子の男児が生まれ、戦時中らしく武(たけし)、勇(いさむ)と名付けられました。母は私たち3人の身長を測り、糸に印を付けて成長記録として戦場の父に送っていました。

 43年9月、武が「母ちゃん、しんどい」と言い、ひどい熱です。往診の医師からは水を飲まさぬようにとの指示。でも、弟は水を欲しがりました。「お水は今ないの」と言うと、水枕を揺すり「ここにある」。翌朝、弟の顔に白い布がかぶせられました。5歳の私は「死」が分かりませんでした。

 物資不足で棺(ひつぎ)がなく、リンゴの木箱に座布団を敷いて弟を納め、リヤカーで斎場へ。荼毘(だび)に付しました。正式の骨つぼもなく、ふた付きの陶器を代用としました。

 男児を「産めよ増やせよ」の時代。母は武を亡くしたと戦場の父に言えず、以後、弟が生きているかのようにしるした偽りの糸を送り続けました。父は46年復員。母がどんな思いで父に接したか。胸中を思うと今も私は涙します。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14104431.html?ref=pcviewpage



(社説)参院選 憲法の論戦 議論か否かの強引さ(2019/7/20朝日新聞)
 「憲法について議論をする政党を選ぶのか、しない政党を選ぶのか。それを決める選挙だ」
 安倍首相は党首討論会や街頭演説でこう繰り返している。議論が国会議員の大事な仕事であるのは間違いないが、首相のこの論法をそのまま受け入れることはできない。
 この1年あまり、衆参両院の憲法審査会で自民党の改憲案を説明する機会が得られなかったことを首相は問題視している。
 だが、公明党の山口那津男代表が指摘するように、憲法の議論を全く否定している政党はない。憲法審が自民の思い通りに開かれなかったのは事実だが、それは首相が批判するように野党に一方的に責任があるとは言えない。
 首相は自民党総裁選を控えた昨年8月の講演で「いつまでも議論だけを続けるわけにはいかない」と語り、党の改憲案を秋の臨時国会に提出できるよう、党内論議を加速する意向を表明した。9月に総裁3選を果たすと、野党との信頼関係を築いてきた衆院憲法審の筆頭幹事を交代させ、憲法にかかわる党の要職に自らに近い改憲積極派を起用した。
・・・ そもそも「議論するか、しないか」と、声高に叫ぶ資格が首相にあるのか。
 安倍内閣や与党は、野党からの臨時国会召集や予算委員会開催の要求をはねつけてきた。立憲民主党などが衆院に昨年提出した原発ゼロ法案や選択的夫婦別姓を認める民法改正案は、一度も委員会で審議されないままだ。都合の悪い議論を拒んできたのはむしろ政権側である。
・・・ 首相は自衛隊を9条に明記しても活動内容は変わらないという。しかし、野党や識者の間では、自民案の書きぶりでは、安倍政権が9条解釈を変更して認めるようにした集団的自衛権の限定的な行使どころか、全面的な行使に道を開くことになるとの批判が強い。
 この批判に首相はきちんと答えていない。議論の土俵づくりを妨げているのは、むしろ首相自身ではないか。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14104423.html?iref=comtop_shasetsu_01



(声)犠牲の上にある選挙権生かせ(2019/7/19朝日新聞) パート 立石幸子(宮崎県 68)
 21日は参院選の投開票日。だけど東京に住む20代の息子は、まだ投票権を行使したことがないようだ。「ネット投票ならするけど。投票率も上がると思うよ」と言う。

 あなたが先日見舞った祖母には終戦時の1945年、選挙権がなかった。当時は男性のみ。女性は、何百万人の死者が出た戦争の後、初めて選挙権を得たのだ。国政に参加できたことで、「主権は国民にある」と実感できたことだろう。

 私が勤める高齢者ホームの女性利用者も入所前、選挙に行っていたという。戦時中、男性は国のために兵士として命を捨てざるをえず、女性は何の抵抗もできずに夫や息子を戦争に奪われた。その無念さを一票に反映させようとしたのではないか。

 私も政治不信に陥り、誰に入れても同じだと白票を投じたことがある。しかし投票せず、政治を野放しにした結果、政治家に一方的に決められたら、選挙権がなかった時代と変わらなくなってしまう。

 昔、あなたのおばあちゃんは、投票券を握りしめて投票所に行った。90代になっても腰を曲げて、歩いて自分の責任を果たし続けた。息子よ、私たちも選挙に行こう。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14102864.html?ref=pcviewpage


posted by オダック at 16:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月18日

PICKUP NEWS

(声)有志連合では問題解決しない(2019/7/18朝日新聞) 無職 荒川和成(千葉県 67)
 日本の海運会社が運航するタンカーなどが攻撃された事件をトランプ米大統領はイランがやったと述べ、米国は船舶の安全を確保するため、同盟国などとの有志連合の結成を検討している。

 しかし、そもそもホルムズ海峡などで緊張が高まったのは、米英仏独中ロの6カ国、EU(欧州連合)がイランと締結した合意、すなわち核兵器に転用できる高濃縮ウランを製造しないなどの見返りに対イラン制裁を解除するとした核合意から、米国が一方的に離脱し、制裁を復活させたことが最大の原因ではないか。

 中東の緊張を武力で解決することはできない。それは、現在のアフガニスタンやイラクを見れば明らかである。日本にできることは、緊張の原因を作った米国に対して核合意に戻るよう説得し、イランに対しては核合意で定められたウラン濃縮度の上限を超えないよう説得することであって、決して有志連合への参加ではない。

 有志連合への参加は、イランとの友好関係を損なってしまう。今こそ日本は「武力による威嚇又(また)は武力の行使」では問題は解決しないことを世界に訴えるべきである。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14101140.html?ref=pcviewpage



(声)憲法の心、踏みにじるのは誰か(2019/7/18朝日新聞) 無職 中村孝太郎(北海道 66)
 札幌で15日にあった安倍晋三首相の街頭演説で、ヤジを飛ばした2人の市民を警察が取り押さえ、現場から排除した。うち一人は女性で、「増税反対」と叫んで警官数人に取り囲まれ、腕をつかまれて後方へ移動させられたという。行き過ぎは間違いあるまい。憲法の精神が軽んじられた事件だろう。

 改憲を主張する最高権力者。憲法で縛られているはずのその人に批判的なヤジを飛ばした国民を、警察が平然と実力で排除する。紛れもなく国家による政治弾圧の構図だ。

 戦前、労働運動作家の小林多喜二が警察の取り調べで拷問死した。しかし、戦後70年余の長きにわたり、わが国で政治家にヤジを飛ばしただけで警察に実力排除されることなどなかった。安易な公権力の行使は、憲法の保障する国民の諸権利を圧迫するとの空気が社会に満ちていたからだ。これではわざわざ憲法を変えるまでもない。憲法の精神はすでに踏みにじられ、「運用改憲」されているとさえ言えよう。

 頑丈な堤防もアリの一穴から崩壊するという。ひょっとしたら札幌の事件が日本戦後史の分岐点になる可能性は十分にある。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14101139.html?ref=pcviewpage



【社会】三鷹事件70年「語り継ぐ会」 米兵・警官に救出阻まれ 目撃者「どうみても臭い」(2019/7/17東京新聞)
 旧国鉄三鷹駅で無人の電車が暴走し、六人が死亡した一九四九年の「三鷹事件」から七十年となった十五日、東京都三鷹市内で市民グループ「三鷹事件の真相を究明し、語り継ぐ会」の集会が開かれた。代表世話人の一人で、当時学生で事件に偶然、遭遇した元新聞記者の堀越作治さん(89)=世田谷区=が現場の様子を語った。
 「七十年前の今日の午後九時十五分。夏時間(サマータイム)だったので、今で言えば八時十五分に目の前で事件が起きた」と振り返る堀越さん。当時は一橋大生で東京都小平市に住んでおり、友人を新宿に送った帰りに三鷹駅近くのラーメン店に寄るため、二番線ホームに降りた。
 「ホームの目の前に引き込み線があり、空っぽの電車が入ってきた。あれ、と思ったらスピードが落ちない。ガラガラ、ガターンという大音響とともに悲鳴が聞こえ、砂ぼこりが舞った。車止めのコンクリートの壁が粉々になり、どうにも手のつけようがない。人の体が動くのが見え『みんなで救おう』と、ひしゃげた連結器を飛び越え、下へ降りた。車輪の下に人はいないかと(探したら)、体に手が触れた。なま温かさにブルブルと震えた」
 間もなく警官と米軍のMP(憲兵)がやってきて「早いな」と不思議に思った。片言の英語で「レスキューだ」と伝えたが、「ノーノー、ゲラウェイ(立ち去れ)」「アウト」と追い出されたという。
 堀越さんは大学卒業後、朝日新聞記者となり、政治部で岸信介、佐藤栄作両元首相らを担当した。事件の単独犯とされた元運転士の竹内景助元死刑囚は無実を訴えながら病死し、長男が東京高裁に再審請求中だが、堀越さんは「当時の吉田茂政権は、日本共産党の仕業と決めてかかっていた」と指摘。「今もMPに追い払われたことが、頭を去らない。どうみても臭い」。米軍や政権の思惑が事件に関連していたのではないかと考え、今も資料収集を続けている。 
<三鷹事件> 1949年7月15日夜、旧国鉄三鷹駅の車庫から無人電車が暴走し26人が死傷。捜査当局は、国鉄の人員整理に反対する共産党の組織的犯行とし、国鉄組合員ら10人を逮捕。50年の東京地裁判決は、検察側が主張する共同謀議を「実体のない空中楼閣」と退け、共産党員9人を無罪とする一方、非党員の竹内元死刑囚の単独犯として無期懲役を言い渡した。控訴審で死刑、最高裁も死刑を維持した。事件当時は中国の内戦で中国共産党の勝利が決定的となり、日本でも共産党の勢力が伸びていた時期で、共産党の弱体化を狙った連合国軍総司令部(GHQ)が関与した説もある。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201907/CK2019071702000127.html



<金口木舌>明日の天気は変えられるか(2019/7/18琉球新報)
 中国・宋の猿回しが、食事のトチの実を朝三つ夕四つにすると言うと猿たちが怒るので、朝四つ夕三つにしたら喜んだ。目先の違いに惑わされ、本質に気づかないことを表す故事「朝三暮四」だ

▼今回の参院選で数字や説明にマジックはないか。琉球新報はファクトチェックを継続している。選挙前から政治家の発言のファクトチェックを毎日新聞や朝日新聞、東京新聞も展開している
▼選挙中の事実検証はもちろんだが、政治家の公約はどうなったのか選挙後に確認することも次の投票時の判断材料になる。鍵となる要素の一つが、候補者の政見などをまとめた選挙管理委員会配布の選挙公報だろう
▼公選法で衆参両院議員選と知事選で発行が義務付けられている。だが選挙後の取り扱いに定めがなく、毎日新聞によると、沖縄県などを除き半数の都道府県が選挙後にホームページから削除している
▼「選挙が終わっても選挙公報を消さないで」と選挙公報を活かす会が総務省に1万7600筆の署名とともに要望を提出した。「忘れることは喪(うしな)うこと」と喝破した政治学者の岡野加穂留氏は、民主主義の命運を巡り「明日の天気は変えられないが明日の政治は変えられる」と有権者に希望を託した
▼「朝三暮四」には口先でうまく人をだますという意がある。だまされないために、有権者にできることは何か、改めて考える。
https://ryukyushimpo.jp/column/entry-955331.html



<社説>防衛省OBの天下り 公正さ疑わせるなれ合い(2019/7/18琉球新報)
 なれ合いの構図は公共事業の公正さを疑わせる。

 米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の新基地建設で、軟弱地盤の改良工事に関する調査報告書をまとめた建設コンサルタント3社に、2018年度までの10年間で防衛省のOB7人が再就職していたのである。
 調査報告書は、防衛省の委託を受けた7社で構成する共同企業体(JV)が今年1月に作成した。地盤改良は既存の工法で安定性を確保することが可能とし、騒音や水中の濁り、ジュゴンなど環境面への影響も当初の想定範囲を超えずに施工できると結論付けていた。
 早期に工事を進めたい防衛省の方針を後押しする内容だ。OBが所属する業者が防衛省の事業に「お墨付き」を与える格好になっている。
 両者にもたれ合いの関係が成り立っているのだとすれば、事業の正当性にも疑問符が付く。
 天下りが確認されたのは、JV7社のうちの3社だ。いずれも東京に本社がある。これまでに、辺野古の新基地建設工事に関するコンサル業務をたびたび手掛けてきた。防衛省によると、12〜18年度の3社の受注額は合わせて約112億円(34件)に上る。
 防衛省職員が退職後2年以内に営利企業に再就職する場合は届け出が必要だ。2年以上経過しているときは報告の義務はない。OB7人は全員が規定に従って届け出ていたという。
 これについて岩屋毅防衛相は「関係法令の規定に基づき適切に行われている」と記者会見で述べたが、「李下(りか)に冠を正さず」という格言を知らないのか。公職にあった者なら、なおさら、他人から疑いを受ける行動は巌に慎まなければならない。公務に対する信頼を傷つけるからだ。
・・・ 防衛省からの天下りを巡っては、13年12月〜15年11月の間に辺野古の工事の関連業務を受注した65社のうち、14社に防衛省や自衛隊のOBが再就職していた。当時の中谷元・防衛相が16年1月に明らかにしている。
 ただし、退職から2年以上たてば民間企業に再就職しても届け出る必要はなく、実態がつかめない。実際は公表されている数よりもさらに多くのOBが天下りしていた。
 反対の民意を無視した国策の背後で、官民のなれ合いによる利権の構図が出来上がってはいないか。天下りが疑念を増幅させる。・・・ 
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-955330.html


posted by オダック at 20:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする