2018年07月10日

PICKUP NEWS


豪雨被害 平成最悪 死者126人 不明86人(2018/07/10東京新聞)
 活発な梅雨前線による西日本豪雨は九日までに各地で被害が拡大し、死者は十二府県計百二十六人に上った。安否不明者は岡山県倉敷市や広島市で大幅に増え、六府県八十六人になった。中国・四国地方を中心とした被災地では厳しい暑さの中、救助や捜索が続いた。気象庁は大雨特別警報を全て解除したが、引き続き土砂災害や河川氾濫への警戒を呼び掛けた。総務省消防庁によると、九日午後五時半時点で十五府県の避難所に計約一万一千人が身を寄せた。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2018071090070912.html



筆洗/山本周五郎の『雨あがる』は(2018/07/10東京新聞)
 山本周五郎の『雨あがる』は長雨で川を渡ることがかなわず仕方なく、安宿に長逗留(とうりゅう)する浪人者の夫婦と、貧しき人々の交流を描いている。やまぬのは雨だけではない。腕があるのに仕官がかなわぬ、この心優しい浪人者の人生にも雨が降っている▼雨に降り込められて心がすさむ同宿者のために宴(うたげ)を開いてやりたいと、浪人は賭け試合に手を染める。やっと仕官が決まりかかったのに、この件が問題となり、せっかくの話も立ち消えとなる。夫婦は再び旅に出る。仕官できなかったという意味では雨が降り続いている。それでも希望を捨てず前を向く。その心こそが、「雨あがる」なのだろう・・・
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2018071002000122.html?ref=rank



豪雨、72時間経過で捜索に全力 岡山・広島で不明数十人(2018/07/10東京新聞)
 西日本豪雨の被災地では10日、数十人の安否不明者がいる岡山、広島両県を中心に、警察や消防、自衛隊などの関係機関が捜索に全力を挙げた。死者は12府県で計126人に上っており、生存率が大きく下がるとされる「発生後72時間」は既に経過している。各地で土砂崩れや浸水被害が発生したのは、主に6日午後〜7日未明。岡山県倉敷市では真備町地区を中心に、川の堤防が決壊し浸水した家屋が推計約4600戸に上っており、二十数人が犠牲になるなど甚大な被害が出ている。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2018071001001503.html



(時時刻刻)氾濫、想定していたが 浸水、ハザードマップ通り 倉敷・真備 西日本豪雨(2018/07/10朝日新聞)
住宅地が大規模に冠水した岡山県倉敷市真備(まび)町は、過去にも同じ河川が繰り返し氾濫(はんらん)していた。危険を知らせる洪水ハザードマップは、今回とほぼ同じ浸水域を想定しており、河川改修も計画していた。予測していた災害で、なぜ30人近い犠牲者を出したのか。・・・真備町は地区の東側を高梁川、南側を小田川に囲まれている。岡山大の前野詩朗教授(河川工学)によると、今回の決壊は、高梁川と小田川の合流地点付近が湾曲して水が流れにくくなっているため、上流側の水位が上昇する「バックウォーター現象」が起きたことが原因とみられる。流れなくなった水は勾配が緩やかな小田川の方にたまりやすく、決壊したという見方だ。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S13577473.html?rm=150



(声)原発の是非、判決に良心を(2018/07/10朝日新聞)大学生 谷木信吾(東京都 20)
 名古屋高裁金沢支部の控訴審判決で、関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じた一審判決が取り消された。「危険性は社会通念上無視しうる程度」との判断だそうだ。ん? 原発神話という社会通念の中で危険性が無視された結果、福島第一原発の事故につながったのでは? なんともふに落ちない。判決は原発の是非についても言及したが、いわゆる統治行為論で司法としての立場は明確にしなかった。「政治的な判断に委ねられるべき」だそうだ。政府は3日、第5次エネルギー基本計画を閣議決定した。原発を「重要なベースロード電源」と位置づけ、電源構成比率20%程度の発電を目指し、核燃料サイクルも推進するという。

 なぜだろう。世論の反対は大きいのに。なぜだろう。7月16日に自動延長になる日米原子力協定で認められた「再処理」の権利をそれほど手放したくないのだろうか。なぜが表出する。日本国憲法76条3項は司法の独立をうたい、裁判官は良心に従い判決を下すとされている。必ずしも世論に従うことが良心ではない。それでも、判決の中にもう少し良心が垣間見えてもよかったのではないだろうか。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S13577433.html



(寄稿)精神世界、無関心な私たち 高村薫(2018/07/10朝日新聞)
たとえ凄惨(せいさん)な無差別テロを引き起こしたカルト教団の幹部たちであっても、いざ七名も一度に死刑が執行されてみれば、さすがに気持ちがふさぐ。死刑制度の是非はべつにして、かくも重大な反社会的行為が身近で行われていた数年間、日本社会はいったい何をしていたのだろうか。私たちはオウム真理教の何を恐れ、何を断罪したのだろうか。教祖らの死刑執行を受けてあらためてそんな自問に駆られる傍らには、教団の反社会性を看過し続けた私たちの無力と無関心、さらには一方的なカルト宗教批判に終始したことへの自省や後悔が含まれている。

また、教祖らの逮捕から二十三年、日本社会がこの稀有(けう)な事件を十分に言葉にする努力を放棄したままこの日を迎えたことへの絶望も含まれている。・・・形骸化が著しい伝統仏教の現状に見られるように、日本人はいまや宗教と正対する意思も言葉ももっていない。この精神世界への無関心は、理性や理念への無関心と表裏一体であり、代わりに戦後の日本人は物質的な消費の欲望で人生を埋めつくした。地道な言葉の積み重ねを失ったそういう社会で、若者たちの求めた精神世界が既存の宗教でなかったのは、いわば当然の結果だったと言える。彼らは伝統仏教の迂遠(うえん)な教義と権威を拒否し、手っ取り早いヨガの身体体験に出会って社会に背を向け、疑似家族的なカルト教団に居場所を求めたのである。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S13577423.html?rm=150



謎の地上絵50点以上発見、ナスカの隣接地域(2018.04.09ナショナルジオグラフィックス)
1000年以上前にペルー南部の高原の砂漠に描かれたナスカの地上絵は、私たちの想像力を刺激してやまない。ナスカ周辺の砂漠には巨大な地上絵が1000点以上残されていて、雨乞いの儀式と関係があるのではないかと言われているが、確かなところはわかっていない。

 このほど、ドローンを手にしたペルーの考古学者たちが、ナスカのすぐ隣のパルパで、地上からは見えない、かすかな線で描かれた地上絵を新たに50点以上発見した。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/040900156/



反戦平和を訴え続け 加藤剛さん死去(2018/7/10東京新聞)
 <評伝> 亡くなった加藤剛さんは反戦平和を訴え続けた俳優だった。その原点は、戦時中の体験にある。軍医だった義兄が戦死し、姉は適切な治療を受けることもなく病死した。
 二十四歳でテレビドラマ初主演となった「人間の条件」では、戦時下の過酷な状況でも人間としての良心を貫こうとする青年を好演。メディアの取材に「『人間の条件』で、平和な世の中をつくり、戦争に反対することが、僕の俳優という仕事の基本になりました。以来、どの作品に出ても平和のために自分は何ができるかと考えてきました」と話した。
 舞台では、ポーランドで孤児院を運営し、ナチス・ドイツの強制収容所で虐殺されたユダヤ人医師を描いた「コルチャック」をライフワークとした。
 仕事以外でも、護憲を訴える「俳優座9条の会」の呼びかけ人となり、核兵器廃絶を求める国際的署名活動に参加するなど、活発に発言。学生時代に六〇年の安保改定を防げなかった苦い経験に触れ、改憲を進める現政権を批判し「戦争する国になっていくことを防げなかったら、いま以上に後悔すると思う」などと述べたこともあった。
 各地の市民グループの集会などで、日本国憲法を「人類の到達した最高の英知」と評価。戦争を知らない若い世代に向け「テレビや映画、演劇を通して戦争の愚かさを知り、絶対にしちゃいけないと知ってもらいたい。私たちにはそういう作品をつくり、知らせていく義務がある」と強調していた。(浜口武司、藤浪繁雄)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201807/CK2018071002000140.html



社説[未就学児困窮調査]親を含めた生活支援を(2018/7/10沖縄タイムス)
 生活に困窮する子どもの実態を把握するため、1歳児と5歳児の保護者を対象にした初めての「県未就学児調査」がまとまった。
・・・小学校入学の準備では「学用品やランドセルの購入費用が不足しそう」と答えた人が低所得層(1)で4割を超えた。 過去1年間に子どもを病院や歯医者で受診させた方がよいと思ったが、受診させなかった割合は低所得層(1)の5歳児で約3割。理由は「家計が苦しかった」が約5割だった。保護者自身も4割以上が受診を抑制していた。理由はやはり「家計が苦しかった」が5割を超えた。
 調査の自由記述で「お金がないからカゼひくなと言ってしまいます。本当は大丈夫?と言いたいのに」との保護者の言葉は切実だ。
 1歳児と5歳児といえば人間形成の重要な時期である。乳幼児期にすでに負の連鎖に巻き込まれているのを深刻に受け止めなければならない。
 気になるのは「児童扶養手当」や「生活保護」「生活福祉資金貸付金」「母子父子寡婦福祉資金貸付金」などの福祉制度への理解が進んでいなかったことだ。
 低所得層になるほど「利用の仕方がわからなかった」「制度やサービスについてまったく知らなかった」との回答が高かった。
行政はもっと低所得者へ情報が行き届くよう周知の工夫と徹底を図る必要がある。
子育ての悩みを相談したり頼ったりできる友人・知人が「あまりいない」「まったくいない」人は低所得層で20%前後いる。地域から孤立している姿が浮かぶ。
 子どもの貧困対策では乳幼児期の支援の重要性が指摘されている。そのためには乳幼児を抱える親の就労支援が大切だ。行政には子育て世代の就労支援に力を入れてもらいたい。柔軟な勤務時間など企業の配慮も欠かせない。
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/281341


posted by オダック at 18:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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