2018年11月27日

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原爆、災いの連環 開発ごみ投棄、米「がん患者だらけ」(2018/11/27朝日新聞)
 原爆を開発した「マンハッタン計画」で出た核のごみが、米ミズーリ州の処分場に普通のごみと一緒に埋められている。専用施設に移すことがようやく決まったが、周辺では健康被害が相次いでいる。
 セントルイスの玄関口ランバート国際空港から車で10分ほど。ごみが埋め立てられた小高い丘にシートがかぶせられ、トラックがひっきりなしに出入りしている。敷地を囲むフェンスに「注意 制限区域」の黄色い放射能標識を掲げ、大気測定装置も備える。ここウェストレーク処分場には、マンハッタン計画で出た放射性の硫酸バリウム8700トンが埋められている。
8年前から消えない地下火災
 生ごみのようなすえた臭いと化学的な臭いが混じって鼻をつく。隣接する別の処分場で起きている地下火災が原因だ。8年前に発覚したが消すすべはなく、10年続くと言われる。
 近くに住む主婦のカレン・ニッケルさん(55)は「目が焼けるように痛くなり、頭痛がする」。4人の子どもを育ててきた。「火が放射性物質に燃え移らないか」。2013年、ニッケルさんは処分場問題を追及する団体「ジャスト・マムズSTL」を設立した。

 第2次大戦中、セントルイスの民間企業がマンハッタン計画の一部を担い、ウランを精製した。この施設から出た放射性廃棄物は空港隣の保管場所にドラム缶で野積みされた。1960年代末に、ある企業に買い取られ、73年、ウェストレークに「一般ごみ」として違法に埋められた。原子力規制委員会の調査で、放射性物質があると分かったが、健康には影響がないと放置されていた。
 ニッケルさんと活動する主婦ドーン・チャップマンさん(38)は「計画は最高機密。ここで生まれ育ったのに、原爆製造でこの街が果たした役割を多くの人は知らなかった」

核ごみが野積みされていた保管場所そばを水源とする小川流域でも、健康被害が出ています。10年前に引っ越してきた男性は「放射能との関係は分からないが、この辺はがん患者だらけだ」。住民訴訟が相次ぐ地域を記者が訪ねました。
・・・ チャップマンさんは、子どもたちの健康を心配する。「これまでに起きてしまったものはどうしようもない。でも、できるだけきれいにして、この先の被害を止めることはできるはず。我々も戦争の犠牲者だ」と話す。
・・・ 元機械工のテリー・マーティンさん(62)宅の裏庭は川に面している。除染のため掘り返され、木が一本もない。「年に2回は氾濫(はんらん)していたが、数年前に(放射能汚染地域の管理をする)陸軍工兵隊に汚染地域だと突然告げられた。調査だと言って庭を掘り返していった。全く腹立たしい」。10年前に引っ越してきたが、妻が耳にできた悪性黒色腫を切除。自身もがんで腎臓を取り除いた。息子(25)も最近、脳腫瘍(しゅよう)と診断された。「前に住んでいた住民や、通りの向かいの家族もがんだ。放射能との関係は分からないが、この辺はがん患者だらけだ」
周辺で相次ぐ集団訴訟
 コールドウォーター・クリークとウェストレーク処分場の放射能汚染をめぐっては、2012年以降だけでも住民から140以上の訴訟が起こされている。ウラン精製を担った化学企業や処分場運営企業、ごみを買い取った企業などを相手取り、2月にも補償や土壌汚染からの回復などを求める2件の集団訴訟が起こされた。マーティンさんも原告に名を連ねるが「終わる頃にはみんな死んでいる」と憤る。

 ニッケルさんも子どもの頃、この小川の近くに住んでいた。免疫が自分の体を攻撃してしまう難病「全身性エリテマトーデス」に自身も苦しむ。「ここだけの問題じゃない。マンハッタン計画であれ原発事故であれ、傷つけられた人々と連帯する必要がある」。広島、長崎を訪れたいと思っている。
 〈マンハッタン計画〉 第2次大戦中の1940年代初頭、米国のルーズベルト大統領の命令で極秘に進められた原爆開発計画。名前は事務所がニューヨークに置かれたことに由来する。開発と製造をしたニューメキシコ州ロスアラモス研究所を中心に、テネシー州オークリッジのウラン濃縮工場、ワシントン州ハンフォードのプルトニウム生産炉と分離回収施設などがあった。約13万人を動員。45年7月に初の原爆実験に成功した。
https://digital.asahi.com/articles/ASLBC0P4WLBBUHBI03T.html?iref=comtop_8_02



米探査機、火星に着陸成功 2012年以来 内部調査へ(2018/11/27朝日新聞)
 米航空宇宙局(NASA)の新型の探査機「インサイト」が日本時間27日午前4時54分、火星に着陸した。火星の内部構造を初めて直接調べる。火星への着陸は2012年のNASAの探査機「キュリオシティ」以来で着陸直後に交信を絶った旧ソ連の探査機をのぞくと8機目。
 インサイトは、ロボットアームを使って、火星表面に地震計を設置したり、地下5メートルの深さまで熱流量計を埋め込んだりして、火星で起きる地震や地中の温度を測る。内部の構造や成分を調べることで、地球のような岩石惑星がどのように作られたかの解明につながる。
https://digital.asahi.com/articles/ASLCW1QFGLCWUHBI001.html?iref=comtop_8_08



<社説>雇用水増し処分に差 行政機関にも罰則規定を(2018/11/27琉球新報)
 赤信号、みんなで渡れば怖くない。そんな体質なのだろう。「長年続き、いわば『みんな』悪かった。特定の誰かの責任を問うのは難しい」との政府関係者の発言に耳を疑う。
 障がい者雇用水増し問題のことである。2017年度に知事部局と教育委員会のいずれかで不適切計上が判明した38県のうち愛媛、三重など7県が職員への処分を実施したか処分を検討していることが分かった。
 処分を決めた県のうち愛媛は副知事ら58人を厳重注意や訓告とし、三重は17年度に水増しはなかったが、過去のミスを理由に知事自身も減給処分にすると表明している。行政機関が問題を自覚し、責任を明確にして職員を処分するのは妥当な判断である。
・・・ 中央省庁で障がい者と認定された人には病気やけがで長期休暇を取っている人や、健康診断で異常を指摘された人など、明らかに障がい者とは言えない人も含まれていた。「過失ではなく故意に行われた可能性が高い」と専門家が指摘しているように、雇用率達成ありきで不正が行われていた疑いがある。
・・・ 水増しは一定の雇用率達成が義務付けられた1976年からとみられている。仮に過失だとしても、42年間で万単位の障がい者の雇用が失われた計算になる。
 障害者雇用促進法は、従業員100人超の企業が法定雇用率を下回った場合は、納付金が課せられ、企業名が公表されることもある。政府は当初、法定雇用率を達成できなかった場合に支払う納付金の対象企業を「50人超」に広げる予定だった。今回の問題で企業に理解を得るのは難しいと判断し断念した。これも結果的に障がい者の雇用機会を奪ったことになる。・・・・・
中央省庁をはじめ公的機関による違法行為に対し罰則を設けるべきだ。民間だけに厳しい現行制度は公正を欠いている。
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-839969.html



県民投票、2月24日に 辺野古移設賛否  県、方針固める 保留4市の説得加速(2018/11/27琉球新報)
 米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の埋め立ての賛否を問う県民投票について、県が投票日を来年2月24日に設定する方針を固めたことが26日、関係者への取材で分かった。近く玉城デニー知事が日程を公表する見通し。県は、投開票事務の協力を保留している石垣、糸満、うるま、宜野湾の4市への説得を加速させる。
・・・ 県民投票条例では公布から半年以内の県民投票実施が定められており、4月30日まで投票日を設定することは可能だ。しかし、年度をまたぐと予算の繰り越しなど事務作業も煩雑になることなどを加味し、県は2月24日が最適と判断した。・・・
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-839985.html



沖縄と祖国重ねる 「強い権力支配、健全でない」(2018/11/27琉球新報)
 反戦や脱原発を訴え全国で講演活動をしている元イスラエル空軍兵士で、家具職人のダニー・ネフセタイさん(61)=埼玉県=と妻の吉川かほるさん(60)が26日、新基地建設に反対する市民らが座り込む名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前を訪れた。イスラエルで軍事教育を受け、徴兵で空軍に入隊したネフセタイさんは日本で暮らして37年になる。米軍と沖縄の関係と祖国とパレスチナとの関係を重ね、「すごく強い権力に支配される関係は健全ではない」と語った。

 ユダヤ人のネフセタイさんはイスラエルで生まれ、「国のために死ぬのはすばらしい」という愛国心教育を受けてきた。徴兵制により1975〜78年の3年間、空軍で訓練を受けた。退役後の79年、観光で訪れた日本で吉川さんと出会い、結婚して日本で暮らしている。
 ネフセタイさんは2011年の東日本大震災の原発事故を受け、「原発も軍需産業も、共通点は一部の利益と多数の犠牲だ」との意識を強く持つようになった。
「原発とめよう秩父人」を立ち上げ、反原発のイベントを企画・運営する。一方、年間80回以上、各地で講演を行っている。16年12月、戦争を続ける祖国イスラエルと、原発から抜け出せない日本を重ね合わせて平和を問い掛ける著書「国のために死ぬのはすばらしい?」を高文研から出版した。
 映画などで知っていた新基地反対運動を今回、現場で目の当たりにした吉川さんは「(ゲート前で)60、70代の人たちが頑張っている姿を見て涙が出てきた」と語った。ネフセタイさんは「沖縄は自分たちの土地の大部分に、他国の軍隊がある。イスラエル軍はパレスチナでやりたい放題で、軍隊の力や都合で土地を使い続けることは沖縄と似ている」と指摘する。今後は「沖縄のことも日本へ、世界へ伝えていきたい」と力を込めた。 
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-839980.html



【茨城】東海第二、営業運転40年 元技術者 延長に警鐘(2018/11/26東京新聞)
 東海村の日本原子力発電(原電)東海第二原発は二十八日、営業運転を始めてから四十年になる。原子力規制委員会は七日、設備に問題はないとして最長二十年の運転延長を認めたが、四十年前に東海第二の建設工事に関わった元技術者は「四十年で金属疲労も大きいはずで、運転延長してよいのか」と警鐘を鳴らす。 
 元技術者は菊地洋一さん(77)=宮崎県木城町。一九六一年、日本大学短期大学部建築科を卒業し、建築コンサルタントを経て七三年から約七年間、米ゼネラル・エレクトリック(GE)の関連会社に勤務した。七八年に運転を始めた東海第二や東京電力福島第一原発6号機の建設の工程管理に当たった。
 菊地さんは東海第二での仕事について「設計変更や計算忘れは日常茶飯事。現場で場当たり的に対応していた」と振り返る。二〇三八年までの運転延長には、「どこが危険かなんて言い出したら、きりがない。よく四十年も運転してきたと思うくらいだ」と説く。
 特に問題視するのが、原子炉につながる配管の付け根部分だ。原子炉が熱で伸縮すると、配管も原子炉の動きに合わせて上下する。金属疲労や検査の難しさを念頭に「通常運転で壊れる可能性がある。どんな複雑な力がかかるか分からない地震なら、なおさらだ」と話す。また、「スカート」と呼ばれる原子炉を支える部分について「スカートはごく薄く、直下型地震で突然、破断する恐れがある」と指摘した。
・・・ 菊地さんは東京電力福島第一原発事故があった一一年、現場経験を基にした著書「原発をつくった私が、原発に反対する理由」(角川書店)を出版した。
 「現場を見て『いつか事故が起きる』という思いがいつも心にあった。東海第二は東京に近く、周辺人口も多い。事故があれば想像を絶する被害になる。東日本大震災で被災した東海第二が福島第一のようにならなかったのは運が良かっただけだ」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/list/201811/CK2018112602000144.html


posted by オダック at 21:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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