2019年05月19日

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島社会での差別検証 ハンセン病学会、八重山で初開催(2019/5/19琉球新報)
 【八重山】全国のハンセン病回復者や支援者らでつくる「ハンセン病市民学会」の第15回総会・交流集会が18日、石垣市で開幕した。初開催となる八重山集会には約300人が参加した。「島を出た八重山人たち」をテーマにしたシンポジウムが行われ、八重山におけるハンセン病問題について考えた。市民学会は20日までで、19日からは宮古島市で開催される。
 県内開催は2年連続3回目。統一テーマは「みるく世向かてぃ〜差別に屈しない〜」で、ハンセン病問題の解決を目指して議論を深める。八重山集会では「闇ぬ世から太陽ぬ世へ」との独自テーマを設定し、「ハンセン病への理解が低い」(大田静男八重山集会開催地実行委員長)とされる八重山で、どのように理解を深めていくかについて探った。
 八重山出身回復者3人や大田氏によるパネルディスカッションのほか、ハンセン病家族訴訟についての弁護団報告などがあった。
 総会で市民学会の遠藤驪v共同代表は「島社会の中でのハンセン病差別の苦しさを真正面から取り上げたのは今回が初めてだ。なぜ厳しい差別の社会になったのかを十分検証することで、声を上げられない回復者の現状改善につなげたい」と話した。
 19日は宮古島市のマティダ市民劇場で交流集会が開かれ、療養所の入所者自治や回復者の医療・生活支援の体制づくりについて意見を交わす。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-920789.html



平和へ 行動し続ける 行進2日目 過重な基地 実感(2019/5/19琉球新報)
 日本復帰から47年を迎えた沖縄を歩き、基地や核、戦争のない平和の大切さを訴える「第42回5・15平和行進」(主催・同実行委員会、沖縄平和運動センター)は2日目の18日、米軍基地周辺を歩く中北部・基地コース、糸満市の平和祈念公園から南風原町役場までを歩く南部・戦跡コースで行われた。参加者らは返還が進まずフェンスの向こうに広がる米軍基地や、沖縄戦で多くの命が犠牲になった南部戦跡を巡り、戦後から沖縄に重くのしかかる基地の負担を実感しながら、どうすれば平和への道が開けるか考え歩みを進めた。最終日の19日は宜野湾海浜公園屋外劇場で平和とくらしを守る県民大会が開催される。

 米軍基地を間近に歩く中北部コースは約500人が参加。読谷村役場を出発し、トリイ通信施設や嘉手納基地の広大な施設を目の当たりにし、基地返還後の開発が進む中心部にある北谷町役場まで14キロの道のりを歩き終えた。
 会社員の伊波美佳さん(37)=南風原町=は「一県民として基地反対の意思を示したい」との思いで毎年参加している。「行進を通して全国で沖縄の問題を考えるきっかけになると思う」と語った。

基地のない平和な沖縄を訴え、約650人が平和祈念公園を出発した=18日、糸満市の平和祈念公園
 南部コースは約650人が平和祈念公園を出発。南城市や南風原町の南風原陸軍病院壕前を通り、町役場まで17・4キロを歩いた。
 城田マリさん(45)=那覇市=は「民意を無視した基地建設をどうしたら止められるか分からない。でも行動しなければ何も動かせない。自分にできることをやり続けたい」と力を込めた。

 中北部コースでは街宣車が行進団の先頭に入り込んで停車し行進を妨害したり、「日本から出て行け」「ぶっ殺すぞ、お前ら」などと誹謗(ひぼう)中傷の言葉を浴びせたりする場面もあった。参加者からは「ひどい」「聞くに堪えない」などの声があった。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-920788.html



(声)消える児童館、居場所はどこに(2019/5/17朝日新聞) 文筆業 小尾佳世(東京都 43)
 地域から児童館がなくなっていく。館内で運営されていた学童クラブは閉鎖され、順に学校内などに移設・民間委託となるという。

 親の立場からすると、「児童館」という子どもの居場所があることは、入学当初からとてもありがたかった。保育園・幼稚園から環境が変わり、学校に行きたくないと門の前で泣く子も、児童館は好きで行っていたという話をよく聞く。児童館で親や友達と待ち合わせをしたり、ゲームやおやつを持ち込んで、ボール遊びやトランポリン、前庭で木登りをしたりと自由に遊んでいた。それがなくなってしまうなんて……。施設を再編したいという行政の意図は分かるが、子どもの日常の幸福とはほど遠い。

 児童館がなくなれば、公園に行けない雨や猛暑の日は、どこに行くのか。駅前のカラオケやファミレスに小学生が行く街でよいのだろうか。家でも学校でもない場所、知っている子が誰かいて、顔見知りの大人が声をかけてくれ、安心してふらっと遊びに行ける場所が子どもには大事だと思う。不登校や自殺対策が必要なのに、さらに近い将来、問題につながりかねないと危惧している。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14017352.html?ref=pcviewpage



<金口木舌>テンチョンニュース(2019/5/17琉球新報)
 韓国に「テンチョンニュース」という言葉がある。1980年代の軍事独裁政権下、テレビで「テーン」という時報の音とともにニュースが始まると、アナウンサーは「全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領は…」と原稿を読み始めた
▼独裁者の成果を強調する偏向報道がまかり通っていた。軍部による報道機関の監視が強まったことが背景にあった。「テンチョン」という言葉は国民に事実を伝えない偏向報道を戒める文脈で使われる
▼80年5月17日、全斗煥氏ら軍幹部は戒厳令を布告し、野党指導者を拘束した。民主化を求める学生らが翌18日、韓国南西部の光州市で軍と衝突した。軍は発砲するなどして160人以上を殺害したとされる。当時の韓国政府は市民を「スパイに扇動された暴徒」と発表した
▼光州事件は大統領直接選挙制を求めた87年の「6月民主化運動」につながった。現在の韓国政府も「民主化運動の精神」を表した事件とする
▼独裁政権は国民主権をうたう大韓民国憲法の下で民衆を弾圧した。報道機関を標的にして国民に事実を隠し、体制を守ろうとした
▼日本では安倍政権が武器輸出を「防衛装備移転」と言い換え、政府は米軍機の墜落を「不時着」「着水」と発表した。報道機関の権力に向き合う姿勢も問われ続けている。歴史の過ちを認め、将来を展望する国から学ぶべき点は多い。
https://ryukyushimpo.jp/column/entry-919637.html


posted by オダック at 15:56| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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