2019年11月03日

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【社説】憲法公布の日に ワイマールの悪夢から(2019/11/3東京新聞)
 今年はドイツのワイマール憲法誕生百年に当たります。民主的な憲法でしたが、ナチスに蹂躙(じゅうりん)されました。そんな人類史も忘れてはなりません。
 一九一九年は大正八年です。日本ではカイゼル髭(ひげ)が流行していました。政治家も軍人も…。カイゼルとはドイツ皇帝。確かに威厳ありげに見えます。髭の形が自転車のハンドルに似ているから「ハンドルバームスタッシュ」の異名もありますが…。
 その髭の主・ウィルヘルム二世は前年に起きたドイツ革命により特別列車でオランダに亡命していました。何両もの貨車には膨大な財産が満載でした。
◆完璧な基本権だった
 ドイツは帝政から共和制へと変わりました。新しい議会がワイマールという東部の都市で開かれ、「ワイマール憲法」が制定されました。生存権の条文があります。「経済生活の秩序は、すべての人に人たるに値する生存の保障をめざす、正義の諸原則に適合するものでなければならない」と。
 労働者の団結権なども保障されます。男女の普通選挙による議会政治も…。「ワイマル共和国」(中公新書)で元東京大学長の歴史学者林健太郎氏は「基本権はさすがにすぐれた憲法学者の作だけあって、最も完璧なもの」と記しました。基本的人権の保障が近代憲法の第一段階で、第二段階の社会権を装備した先進的憲法でした。
 でも、この共和国は難題に直面します。第一次大戦後のベルサイユ条約で領土の一部を失ったうえ、多額の賠償金を負っていました。空前のハイパーインフレが襲いました。物価水準は大戦前に比べ二万五千倍を超え、マルク紙幣は額面でなくて、重さで量られるありさまです。さらなる災難は世界大恐慌でした。六、七百万人ともいわれる失業者が巷(ちまた)にあふれました。
◆独は「戦う民主主義」で
 ここでチョビ髭の男が登場します。そう、ヒトラーです。「ベルサイユ条約の束縛からドイツを解放する」と訴えて…。三〇年の選挙で右翼・ナチ党の得票率は18・3%だったのに、三二年には37・3%と倍増します。その翌年に高齢の大統領がヒトラーを首相に任命しています。「強いドイツを取り戻す」ためでした。
 直後に国会議事堂が放火される事件が起きます。政権を握ったヒトラーはこれを機に、言論の自由や集会・結社の自由など憲法に定めたはずの基本権を停止する大統領令を発布します。いわゆる国家緊急事態宣言です。
 皮肉にも正式名は「人民と国家防衛のための緊急令」です。憲法にあった緊急事態条項を巧みに利用したのです。決して選挙で過半数を得たわけではないのに、憲法停止という強権を手にしました。有名な全権委任法をつくったのも同じ年。違憲の法律も可能になるもので、ワイマール憲法は完全に息の根が止まりました。
 チョビ髭の男から独裁者たる「総統」へ。その権力掌握がいかに早業だったかがわかります。林氏はこう書いています。「ドイツ国民は(中略)官僚の支配に馴(な)れており、みずからが国家を形づくるという意識と慣行に欠けていた」と。「敗戦(第一次大戦)によって突然、民主主義と政党政治という新しい実践を課せられたとき、彼らはそれをいかに駆使するかに迷った」とも。
 民主主義を重荷に感じると「上からの強力な支配に救いを求める人々が増えた」という指摘は今日にも通じるものがあります。
 この反省から第二次大戦後、当時の西ドイツは「戦う民主主義」の道を歩みます。憲法秩序に反する団体の禁止などを基本法に書き込んだのです。「自由の敵には自由を与えない」精神です。現在も同じです。
 日本国憲法は「戦う民主主義」の考えを採りませんが、近代憲法の第三段階である「平和的生存権」を採用しています。公布から七十三年たち自由と民主主義は根付いたかに思われます。でも、錯覚なのかもしれません。
 貧富の格差とともに貧困層が増大し、若者が夢を持てない。老後の生活も不安だ−そんな閉塞(へいそく)感の時代には、強力な指導者の待望論に結びつきかねない怖さが潜みます。政治家も付け込みます。
◆民衆の不満は「愛国」で
 敵をつくり、自らの民族の優位性を唱えます。危機感をあおり、愛国を呼び掛けます。民衆の不満を束ねるには古来、敵をつくる方が便利で簡単なのでしょう。
 現在、改憲テーマとして俎上(そじょう)にあるのは、戦争放棄の九条ばかりでなく、緊急事態条項の新設も含まれています。独裁者はチョビ髭の男とは限りません。ワイマールの悪夢を繰り返さぬ賢明さと冷静さが必要です。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019110302000138.html



住民怒り「ぞっとする」 飛行停止求める声 岩国米軍機 違反横行(2019/11/3東京新聞)
 「ぞっとする」「あるまじき行為」。米海兵隊岩国基地所属の戦闘機部隊で、手放し操縦など悪質な規則違反が横行していた実態が明らかになった。地元の山口県岩国市民は憤りをあらわにし、米軍機の飛行停止を求める声も。昨年十二月に米軍機の墜落事故があった高知県の自治体担当者も安全性への懸念を示した。
 岩国基地は在日米軍再編に伴い、米軍厚木基地(神奈川県)からの空母艦載機約六十機の移駐が昨年完了。極東最大級の航空基地になった。基地の監視活動を続ける元岩国市議の田村順玄(じゅんげん)さん(74)は「危険極まりない行為だ。事故につながる恐れがあり、すぐに飛行を停止すべきだ」と憤る。
 機能強化に反対してきた市民団体の顧問久米慶典(けいすけ)さん(63)は「パイロットがここまで堕落していたのは衝撃で、ぞっとする。どう再教育するか、国や市は徹底的に確認すべきだ」と訴えた。
 会社経営の男性(52)は「米軍人との交流行事を通じて市民との良い関係が築かれつつあっただけに残念だ」と話した。
 高知県では昨年十二月、室戸市沖に米軍機が墜落した。市の防災担当者は「常識の範囲としてあり得ない。人に危害を加えうる、あるまじき行為だ」と批判。県危機管理・防災課の江渕誠課長は「安全確保の徹底に努めてほしい」と話した。
◆沖縄「他に複数あるのでは」
 米軍基地が集中する沖縄では二日、「許しがたい」「他にも表に出ていない規則違反が複数あるのでは」と憤りの声が上がり、日本政府に対応を求めた。
 「米軍は事故に慣れてしまっている」。沖縄平和市民連絡会の城間勝事務局長(74)は、緊張感を欠いた米兵の訓練の実態を知り、あきれたように語った。沖縄では米軍機の部品落下などのトラブルが多発しており、「米国に物を言えない日本政府のあり方が問われている」と述べた。
 沖縄平和運動センターの大城悟事務局長(56)も「怒り心頭だ。日本政府は遺憾と言うだけでなく、飛行を停止させるなど、行動で示すべきだ」と語気を強めた。
◆日本政府も驚きと憤り
 日本政府や与野党では二日、米海兵隊岩国基地所属の戦闘機部隊で規則違反が横行していた実態に、驚きと憤りが広がった。野党幹部は国会論戦で追及する意向を示した。防衛省幹部は「初めて聞いた。米軍は『部隊単位の話』とするかもしれないが、うやむやではいけない」と強調した。
 航空自衛隊の関係者は「睡眠導入剤の成分が出たという部分が、とりわけ恐ろしい」と指摘。自民党の中谷元・元防衛相は共同通信の取材に「規律やモラルの維持に対する米側の認識が極めて甘い。さらに詳細に軍に調査、報告を求めるべきだ」と語り、事故防止に最善を尽くすべきだとした。
 立憲民主党の福山哲郎幹事長は「由々しき問題だ。米軍に猛省を求める。日本政府には米国への毅然(きぜん)とした態度を求めたい。国会で追及したい」と取材に述べた。
 国民民主党の玉木雄一郎代表は神奈川県海老名市で記者団に「米軍には日米地位協定で特別な地位が認められているのに、こういった状況では国民の納得が得られない」と指摘。地位協定の見直しに早急に取り組む必要性があるとした。
 日米関係に詳しい政府関係者は「米軍はすぐに事実を認めない可能性がある」と予防線を張った。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201911/CK2019110302000128.html



【社説】相次ぐ閣僚辞任 政権のおごりが招いた(2019/11/1東京新聞)
 河井克行法相が、妻の選挙運動を巡る公選法違反疑惑などに関する週刊誌報道を受けて辞任した。菅原一秀前経済産業相に続く二週連続の閣僚辞任は、長期政権のおごりや緩み、歪(ひず)みの表れである。
 またも閣僚に関連した公職選挙法違反疑惑である。七月の参院選で初当選した河井案里参院議員の選挙運動で、運動員に日当として法定上限の一万五千円を超える三万円を支払っていたと、週刊文春が報道した。河井氏自身も、事務所が有権者にジャガイモなどの贈答品を配った疑惑があるという。事実なら、いずれも公選法違反に当たる可能性がある。
 それ自体は見過ごせない選挙違反であり、捜査当局が徹底的に捜査すべき事案だ。河井氏が菅義偉官房長官や安倍晋三首相と近しい関係だからといって、捜査の手を緩める忖度(そんたく)があってはならない。
 とはいえ、なぜ案里氏の議員辞職ではなく、河井氏の閣僚辞任なのか。夫婦とはいえ別人格だ。妻の選挙運動を、河井氏が実質的に取り仕切り、河井氏自身の責任が免れないということなのか。いずれにしても説明が足りない。
 案里氏が当選した参院広島選挙区(改選数二)には、自民党から現職だった溝手顕正元参院議員会長も立候補して落選した。二議席独占を名目に新人の案里氏を擁立した背景には、安倍首相に批判的だった溝手氏をけん制する狙いがあった、とも指摘される。
 政権に批判的な言動を抑え込もうとして無理な選挙運動を強いたのなら、背景にある政権中枢の強引さを指摘せざるを得ない。
 自民党が政権復帰した二〇一二年の第二次安倍内閣発足以降、辞任した閣僚は河井氏で十人目。今年九月に発足した第四次安倍再改造内閣では、公設秘書が地元の支援者の通夜で香典を渡すなど公選法違反の疑いで、菅原氏が二十五日に辞任したばかりである。
 河井氏も菅原氏も、国会で自らが出席する委員会の開催当日朝に辞任した。野党から追及の機会を奪うのが狙いではないのか。辞任で説明責任が免除されるわけではない。
 首相は法相辞任を受けて「任命したのは私だ。責任を痛感している」と陳謝したが、自身の任命責任については、相変わらず「国民の信頼を回復し、行政を前に進めることで責任を果たしたい」と述べるだけだ。
 責任があると言いながら、責任を具体的には取ろうとしない。そうした「無責任体質」にこそ、長期政権の驕慢(きょうまん)さが表れている。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019110102000164.html



(声)「普通」はない、皆個性ある人間(2019/11/1朝日新聞) 会社員 中西史樹(神奈川県 50)
 「人と違っても大丈夫な社会に」(10月24日)で、息子が発達障害のグレーゾーンという母親の気持ちを読んだ。「日本人は『協調』を求めすぎるのでは」と訴える言葉にぐっと来た。
 日本には出る杭は打たれる、ということわざがあり、みんな同じ制服や髪形をし、前にならえの教育を受けてきた。人と違うことをすると異端児とみなされ、変わっていると受け止められてしまう。そして協調性がある人こそができる人、と思われてきた。
 海外生活の経験がある私は、深い違和感を覚える。暮らしたことがあるニュージーランドでは、幼児のころから、日本ではネガティブに捉えられる性格でも、それは個性とポジティブに理解される。そう教育されてゆく。協調性のある人が特に評価され、協調性がないとできない人間とされる日本はおかしいなと思ってきた。
 普通なんてありえないし、誰もが個性を持った人間だ。子どもにはぜひ自信を持って生きることを教えてほしいと願っている。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14239675.html?ref=pcviewpage



(声)閣僚辞任次々、きちんと説明を(2019/11/1朝日新聞) 無職 大窪正宏(神奈川県 74)
 公設秘書が地元有権者に香典を渡したなどと、公職選挙法が禁じる寄付行為をめぐる疑惑が報じられた菅原一秀氏が経済産業相を辞任した。さらに河井克行氏も7月の参院選で妻の陣営が、公選法の上限を超える報酬を運動員に支払った疑惑をめぐり法相を辞任した。両氏は国民に説明して明らかにする責任がある。
 就任わずか1カ月半あまりでの相次ぐ辞任劇だ。第2次安倍政権の発足以降、閣僚辞任は計10人に上る。「任命責任は私にある」と安倍晋三首相はいうが、疑惑をうやむやに終わらせず、説明責任を果たすよう指導するべきだ。初入閣を後押しした菅義偉官房長官にも責任がある。
 閣僚を辞任したからといって、決して幕引きにしてはならない。安倍政権では疑惑を追及されると役職を辞任して、ほとぼりが冷めると役職に就くケースが見られる。金銭授受疑惑で経済再生相を辞任した甘利明氏は、説明責任をいまだ果たさぬまま、9月から自民党税制調査会長の重責を担っている。
 政治とカネの問題を繰り返す安倍政権には、自浄作用がない。再発防止に本腰を入れないと、国民の信頼は失墜していくばかりだ。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14239671.html?ref=pcviewpage



(社説)閣僚連続辞任 長期政権の緩み極まる(2019/11/1朝日新聞)
 内閣改造から2カ月もたたないうちに、重要閣僚が相次いで辞任に追い込まれた。「安定と挑戦」を掲げた人事の失敗は明らかだ。安倍首相は、政権全体への信頼を揺るがす事態であると重く受け止めねばならない。
 先週の菅原一秀経済産業相に続き、今度は河井克行法相が辞表を提出した。きのう発売の週刊文春が、妻で自民党参院議員の案里(あんり)氏の陣営の選挙違反疑惑を報じたためだ。
 案里氏は7月の参院選広島選挙区で初当選した。文春によると、その際、選挙カーでマイクを握る運動員に対し、法定上限の倍にあたる3万円の日当を支払いながら、領収書を二つにわけて経理処理をするというごまかしをしていたという。
 事実なら、公職選挙法が禁じる運動員買収にあたり、候補者本人が承知していなくても、連座制の対象となる人物の有罪が確定すれば、当選が無効になる。議員の身分にかかわる、ゆるがせにできない疑惑である。
 ところが、案里氏は事務所の運営はスタッフに任せていたとして、「事実関係の把握に努めたうえで、説明責任を果たしたい」とのコメントを発表して終わり。夫の克行氏も記者団に「私も妻もあずかり知らない。法令にのっとった活動を行っていると信じている」などと短く語るだけだった。
 きのうは参院法務委員会で克行氏への質疑が予定されていた。報道直後のスピード辞任は、国会での追及を逃れるためではなかったか。同様に衆院経済産業委員会を前に辞任した菅原氏は、その後1週間たつが、いまだに公の場で疑問に答えていない。
 甚だしい説明責任の軽視は、首相自身にもいえる。閣僚辞任という重大な場面にもかかわらず、その説明は会見ではなく、記者団との「立ち話」。「責任を痛感」「国民に心からおわび」というが、2012年の政権復帰以降、疑惑や失言などによる閣僚の辞任は10人目である。これだけ繰り返されると、首相の反省がどこまで本気か疑わしいと言わざるを得ない。
 克行氏をめぐっては、秘書への暴行やパワハラ、セクハラの疑いが週刊誌で報じられ、閣僚としての資質を危ぶむ声があった。にもかかわらず、首相は法務・検察をつかさどる法相につけた。選挙区内での贈答疑惑を指摘されていた菅原氏の起用と併せ、長期政権のおごりと緩みが極まった感がある。
 首相が本当に任命責任を感じているというのなら、まずは野党が要求する予算委員会の集中審議に応じるべきだ。自ら説明の先頭に立つことなしに、信頼回復への歩みは始まらない。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14239683.html?iref=comtop_shasetsu_02


posted by オダック at 17:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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