2019年11月05日

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れいわ木村氏「車いすに対応できるトイレを」国会初質問(2019/11/5朝日新聞)
 「障害者の立場から質問させていただく」
 今年夏の参院選で初当選したれいわ新選組の木村英子氏は5日、国会で初めての質問でそう切り出した。重度障害のある当事者として訴え、政府に要求したのはどのような内容だったのか――。
念のため代読準備するも自ら質問
 参院の委員会室であった国土交通委員会。木村氏は車椅子に座り、両脇の秘書と介助者の2人の手伝いを受けながら、質問文を読み上げた。質問はすべて自分で練り上げ、分かりやすい言葉を使うように努めたという。
 介助者は、ボトル入りの飲み物を用意。木村氏が万が一、たんが詰まって声が出なくなった場合は秘書による「代読」まで事前に認められていた。参院事務局によると「議員以外の人が代読した例はない」。この日は代読の場面はなく、木村氏自身がすべて質問した。
 質問ではまず、最近の台風被害などを挙げ、「避難所に行っても車椅子トイレがない」という介助者の声を紹介。「災害時の障害者への対応は、一向に進んでいない」と訴えた。
 さらに、赤羽一嘉国土交通相に対し、駅などの公共施設のトイレについて質問。「車椅子用トイレと言われた時代は一般の方が利用することはほとんどなかった。しかし、多機能トイレと呼ばれるようになって多くの方が使えるようになった結果、車椅子の人が使えなくて困ってしまっている」と指摘した。
 そのうえで、来年の東京五輪・パラリンピックに向け、こう要望した。「障害者の方がたくさん来て、トイレが混雑する。車椅子に対応できるトイレの設置を早急に推し進めてほしい」。赤羽氏は「ニーズに合わせた機能分散を推奨し始めたところだ」と前向きに応じ、さらには「バリアフリーが当たり前のような共生社会をどう作るのかという視点で、やっていかなければいけない」と答えた。
障害者団体代表も傍聴「当事者目線、感動した」
 そんな木村氏の質疑を、委員会室の傍聴席では、障害者団体の人たちが見守った。団体代表の今福義明さんは委員会後、記者団に「すごく感動した。障害当事者目線であれほどきっちりと多機能トイレのニーズを伝えたのは、初めてではないか」。当事者ならではの質問だと、興奮気味に語った。
 れいわからは今年夏の参院選で、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の舩後靖彦氏も初当選している。舩後氏も近く、国会で質問する予定だ。・・・
https://digital.asahi.com/articles/ASMC53Q65MC5UTFK00D.html?iref=comtop_8_03



(声)若い世代 車いす体験で視界が変わった(2019/11/5朝日新聞) 高校生 稲田真子(神奈川県 18)
 学校で車いす体験をした。2人1組でお互い車いすを押し合ったり、自分でこいでみたりした。
 慣れた学校なのに恐怖を感じる場面が何度も。少しの段差でも車体を大きく傾けなくてはならなかったり、ぼこぼこした地面は不安定で、つんのめりそうになったりした。また進むのに時間がかかり、腕がとても疲れた。足の運動量を腕でカバーするのはハードだ。
 ある友達のことを思う。彼女は車いすを使っている。一緒に出掛け道を進む上で、戸惑っている様子は見たことがない。彼女にとって私の歩く速度は速すぎたのかもしれない。だが、やすやすと歩行者と同じ速度で進む彼女は、なんて強くてかっこいいんだろう。
 今回の経験で、自分とは違う視点の人のことも気にかけられる人間になりたい、そう決心した。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14244498.html?ref=pcviewpage



(声)若い世代 「語りつぐ」には+αが大切(2019/11/5朝日新聞) 中学生 林真知子(東京都 13)
 私は最近「受け継ぐ」「引き継ぐ」など、「継承」に関する言葉をよく聞くようになった。部活の引退式や地域の伝統行事、戦争で被爆した人の話など、未来のため多くの人々がバトンを渡そうとしている。
 部活で先輩の引退がかかった大会で、結果を残せなかった私たちに顧問の先生がこうおっしゃった。「先輩たちが代々受け継いできた練習を今まで通りにこなすのではなく、それ+αで何かを足さなければ、これからもよい結果は出ない」
 これは部活だけの話ではない。例えば被爆者の方々の話を聞いて「へえー。そうなんだ」ではなく「私たちにできることは何だろう」。そう考えるべきだ。継承は決して簡単ではないし、自分1人ではできないこともある。しかし誰にでもできる。自分たちにできる+αを実践してこそ、本当の継承になると思う。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14244495.html?ref=pcviewpage



(声)若い世代 イヌワシ保護へ必要なことは(2019/11/5朝日新聞) 中学生 長澤昂太朗(山形県 15)
 庄内地方に堂々とそびえ立つ「出羽富士」鳥海山。私の家からも見える。冬には雪をかぶり、雪解け水は庄内平野に恵みを与えてくれる。
 イヌワシが鳥海山で増えていないという記事(9月1日山形県版)を読んだ。エサをとる「狩り場」の減少が大きな原因の一つという。
 私は、人が自然に手を加えないほうが良いと考えていた。しかし記事には、間伐をして日光を当たりやすくするとイヌワシの良い狩り場をつくることができると書いてあり、驚いた。人間の手によって自然をより良くすることが大切だと思った。
 イヌワシの絶滅は止めなくてはならない。絶滅してもいい生物は一種もいない。個体一つひとつに役割があり、それによって生態系が成り立っていると思う。私たち人間は他の生物と共存し、互いによい環境をつくり合う存在でないといけない。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14244496.html?ref=pcviewpage



(声)気になる、政治家の言葉の軽さ(2019/11/5朝日新聞) 高校講師 法月孝男(静岡県 72)
 「憮然(ぶぜん)」や「御の字」を本来の意味とは違った意味で理解している人が多いと聞く。正しい言葉の意味を知り、正しく用いることは重要だ。しかし、それ以上に気になるのは、政治家や責任ある立場の人たちが発する言葉の軽さだ。
 相次ぐ閣僚の辞任に安倍晋三首相は「任命責任は私にあります」と頭をさげた。首相が任命責任者であることなど誰でも知っている。その責任をどう取るかが重要だ。せめて「私の判断の誤りです。以後、真に適材適所を心掛けます」くらいの表現で言葉に魂を込めて欲しかった。
 軽く使われている言葉の代表に「真摯(しんし)」がある。私の頭はこの言葉を聞くたびに即「適当に受け流します」と変換する。謝罪会見の場での「真摯」の使用禁止を提案する。
 政治家が「誤解を与えたなら撤回します」と憮然たる(おっと、これは間違い)憤然たる面持ちで、あるいは平然と言い放つのもやめたらいかが。「本心を言ってしまって後悔しています」と言えば正直者として有権者の信頼が増すかもしれない。その前に「綸言(りんげん)汗のごとし」または「覆水盆に返らず」を秘書に調べさせてみるのもいいかもしれない。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14244485.html?ref=pcviewpage



(社説)公文書不開示 外交を隠れ蓑にするな(2019/11/5朝日新聞)
 外交や安全保障を都合のいい隠れ蓑(みの)にしていないか。政府は公文書管理と情報公開の重要性を徹底すべきだ。
 外務省が情報公開請求に対し、すでに公になっている文書の内容を不開示としていた。信じがたい不誠実な対応である。
 一つは、朝日新聞記者が求めた1968年の「沖縄返還問題の進め方について」。緊急時の米側の核兵器持ち込みをめぐる記述が黒く塗りつぶされた。
 もう一つは、ジャーナリストの布施祐仁氏が求めた日米行政協定(日米地位協定の前身)の改定交渉に関する50年代後半の文書だ。27点中26点が全部または一部不開示となった。
 いずれも国の安全や米国との信頼関係を損なうおそれなどが理由とされた。ところが、朝日新聞が調べたところ、どれも既に公開済みの内容で、今も外務省のホームページなどで誰でも見られるものだった。
 請求された文書の過去の扱いを確認するのは当然ではないのか。少ない担当職員で膨大な請求を処理せざるをえず、見落としがあったようだと外務省は説明する。ならば、人員や予算の充実を真剣に検討してほしい。
 懸念されるのは、外交や安全保障の機微に触れるのではないかと安易に判断して、不開示ありきの発想で臨んでいないかということだ。
 確かに、外交・安保の分野では、ただちには公にできない事柄が少なくない。しかし、交渉や政策決定の過程を記録に残し、一定の年限が立てば明らかにして、歴史の検証に付するのが民主主義国の基本的なルールである。
 米国では、30年たったら原則公開という「30年ルール」が早くから確立している。日本政府も76年に、このルールにのっとった外交記録の公開を始めたが、かねて例外が多いと批判されてきた。
 外交文書の公開は、外交政策に対する国民の理解を得るのに欠かせない。政府の外交力を裏打ちする効果も指摘されている。例えば、他国との論争で自国の正当性を主張する際、明らかにした過去の経緯が説得力につながるというものだ。
 民主党政権は、岡田克也外相が日米密約の検証を行うなど、外交文書の公開を積極的に進める方針を鮮明にした。しかし、政権交代でその機運はすっかりしぼんだようにみえる。
 第2次安倍政権では、特定秘密保護法の制定や、財務省の公文書改ざん、自衛隊の日報問題など、情報公開や公文書管理を軽んじる姿勢が、外務省のみならず、政府全体に蔓延(まんえん)している。今回の件も、そんな政権の体質と無縁ではあるまい。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14244491.html?iref=comtop_shasetsu_01



【社説】ラグビーW杯 「共に前へ」を続けよう(2019/11/5東京新聞)
 ラグビーのワールドカップ(W杯)が閉幕した。日本の八強入りなど数々のドラマを生んだ大会だった。礼を尽くしつつ激しくぶつかり合う独特のラグビー文化を堪能した一カ月間でもあった。
 日本初のベスト8がかかったスコットランド戦。具智元選手が負傷交代の際に流した涙は今大会の日本代表を象徴していた。
 具選手は韓国出身だ。韓国代表の名選手だった父を持ち、中学時代に来日した。日本で長くプレーしてきたとはいえ、日韓関係が悪化する中、日本代表として戦うのは大きな心の葛藤があったはずだ。
 チームメートは悔し泣きする具選手に駆け寄り励ました。多くの外国出身選手が参加する日本代表が「ワンチーム」であることを証明した瞬間といえるだろう。
 今大会で代表を引退するトンプソン・ルーク選手はニュージーランド出身で日本国籍を持つ。彼はスコットランド戦後、台風の被害を受けた人々を思い「ラグビーは小さなこと」と話した。
 戦いが激しいだけに、ラグビーには試合後の立ち居振る舞いにも礼節が求められる。プロのサッカーや野球と比べ審判に詰め寄るシーンも少ない。
 ラグビーは、勝利への欲望以上に、相手を立てるといった儀礼性を重んじる。こうした特徴に、多くの日本人が親近感を持ったのではないだろうか。
 今大会で多様性という言葉がキーワードとなった。実は日本ラグビーの多様化の歴史は長い。一九八〇年代、トンガから来た選手たちが大学チームに参加。社会人リーグや日本代表でも活躍した。
 八七年の第一回W杯でトライ王になったニュージーランドのジョン・カーワン選手も、九七年から九九年まで国内の社会人チームに加わった。それ以降、海外の名選手が国内でプレーすることは当たり前の風景になった。
 日本ラグビーの多様性は、来日した海外選手たちと共生しながら、長い時間をかけて培ったという事実を強く指摘したい。同時にその過程は、さまざまなルーツを持った人々と暮らしていく上での生きた教材となるだろう。・・・
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019110502000122.html



【埼玉】<この人に聞きたいQ&A>子どもの命 バトンをつなぐ 県里親会・石井敦理事長(2019/11/5東京新聞)
 虐待などの理由で家庭にいられなくなった子どもを養育する里親制度。県内では里親登録者数が年々増える一方で、子どもの委託率は高くはない。県里親会の石井敦理事長(61)は、傷ついた子どもを養育する難しさを理解し、里親を支える体制づくりが急務だと指摘する。 
 −里親になったきっかけは。
 妻に求婚した時の条件が「将来、里親になりたい」だった。当時は里親という言葉も知らなかった。実子が産まれた後に余裕があればとイメージしていたので、不妊治療でも子どもを授からず、里親になろうと決めた時はやっぱり不安だった。
 三十八歳の時に初めて、一歳半の長男を受け入れた。続いて実子を授かった後も、三歳、六歳の男の子を迎えた。長男が家に来る前は、写真を家の壁に張り、妻と「本当にこの子にとって最善の選択なのか」と話し合った。会ってみると、人懐っこくてすぐに抱っこさせてくれた。しかし、抱っこしていないと一日中泣きやまなかったり、壁に頭をぶつけてみたり。妻は半年間、抱っこしたままご飯を食べていた。
 −養育は難しくなかったか。
 近所に里親登録したことを伝えていたので、子ども好きなお婆ちゃんが「みんなで育てよう」と、自分の孫と一緒によく公園に連れて行ってくれた。妻は息抜きできたと思う。先輩里親にアドバイスをもらうことも多く、地域で子どもに声を掛けてくれる環境だった。自分のことを大切にしてくれる人がいると感じることで「生まれてきて良かった」と思ってもらいたかった。長男が大学四年生の時、厚生労働省の委員会で「失いそうな命を実親から養親につなぐことができれば、実親が育てられなくても罪はない」と話してくれた時は、うれしかった。
 −子どもの委託率が上がらない理由は。
 認知度が上がってきたのか、里親登録者数は年々増えている。子どもを授からず、里親になりたいという若いカップルは多い。実子の子育てを一段落し、社会に貢献したいと言ってくれる年配夫婦もいる。
 ただ、実際に子どもを委託できるかどうかは別。傷ついた子どもの養育は難しく、里親がギブアップしてしまうこともある。里親支援事業の柱として、委託前の里親がベテラン里親宅で実習したり、養育が始まる前後に先輩里親が訪問支援するなど、里親同士のつながりを大切にしたい。
 また、里親委託を決定する児童相談所があまりに多忙だ。これだけ虐待の通告件数が年々増えていて対応に追われると、ただでさえマッチングに時間のかかる里親委託が十分に推進できない現状がある。
 −思い描く社会的養護とは。
 一歳半まで長男を養育してくれた乳児院の職員が退職する時、一緒にあいさつに行った。施設と里親は、子どもの命というバトンをつなぐチーム。愛にあふれる多くの大人たちとの関わりは、社会に巣立つ子どもたちの自己肯定感を育む。施設との連携も深めていきたい。
<いしい・あつし> 大阪市生まれ、蕨市在住。百貨店勤務。社会人の長男、大学3年、高校2年、中学1年の男子と暮らす。これまでに、短期間の養育や緊急を要する一時保護でも8人を受け入れた。県によると、県内で、実親と暮らせない子どもは1500人ほど。2017年度の県内の里親登録数は538世帯で全国2位だが、委託率は18.4%で同24位にとどまる。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/list/201911/CK2019110502000136.html



【神奈川】カジノ誘致問題 溝深まる 横浜市と反対派(2019/11/5東京新聞)
 カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の横浜市への誘致に反対する市民らが、誘致を決めた林文子市長のリコール(解職請求)や、誘致の是非を問う住民投票を目指した活動を広げている。市は12月から、全18区で市民説明会を開いて理解を得たいとしているが、反対派との溝は深い。 
 「カジノを止めましょう」「市長をリコールしよう」。十月最後の週末、JR東神奈川駅前で市民ら約十人が、チラシを配って呼び掛けた。九月に発足した政治団体「一人から始めるリコール運動」の街頭活動。来年夏に市長リコールの署名集めを行う予定で、今は運動を担う「受任者」のなり手を募っている。十月末で三千人を超えており、年内に一万人、来年夏までに五万人を集めたいという。
 人口三百七十五万人の巨大都市・横浜でリコールを実現するには有権者四十九万人分の署名が必要。容易な数ではないが、広越由美子代表(39)は「多くの市民が反対しているのに林市長は誘致を決めた。市民を無視している以上、リコールしかない」と力を込める。政党とは連携せず、草の根運動に徹する。
 受任者になると決めた保土ケ谷区の無職綾部祥一郎さん(79)も「市はカジノの収入見通しに目がくらんでいるが、カジノは成長産業ではない。決して誘致してはいけない」と、街頭で力説していた。
 リコールではなく、住民投票を目指す動きも進む。二〇一四年から活動してきた市民団体「カジノ誘致反対横浜連絡会」は、十月上旬に開いた集会で千人を集めた。立憲民主党や共産党の国会議員や市議らも姿を見せた。共同代表の岡田尚弁護士は「まずは住民投票を実現し、勢いをつけよう」と呼び掛けた。
 住民投票のための署名は六万人と、リコールよりは少ない。しかし、IR誘致のための調査研究費を盛り込む補正予算案に賛成した自民党と公明党の会派が過半数を占める市議会の議決が必要になる。岡田弁護士は「市民の多くはリコールによる市長選までは求めていないが、リコールが成立するほどの署名を集めれば、市長や市議会与党議員への圧力になる」と強調し、可能性を探る。受任者の目標は一万人で、現在は二千人超。近く結成される予定の住民投票を目指す複数の団体による共同組織とも、連携を図っていく。・・・
 直接請求制度に詳しい東海大政治経済学部の岡本三彦教授(行政学)は「カジノのように賛否の分かれるテーマで、市長が説明不足のまま方向性を表明すれば、住民が何らかの動きを起こすのは自然かつ健全」と、反対する市民の動きに理解を示す。・・・
<リコール(解職請求)と住民投票条例制定の請求> どちらも住民による直接請求の方法。リコールは有権者が首長や議会などの解職・解散を求める制度で、原則として有権者の3分の1以上の署名が必要。横浜市など人口の多い自治体は、必要な署名数の割合を引き下げる規定が適用される。住民投票条例制定は有権者の50分の1の署名を集めた上で、議会の議決が必要。いずれも請求代表者が申し込んだ後、受任者が2カ月間で署名を集める。 
https://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/list/201911/CK2019110502000132.html



【東京】板橋の小学生、ボール遊び場求め活動中 周りの施設や状況調査(2019/11/5東京新聞)
 子どもの意見を聞いて−。板橋区の児童相談所建設に伴って、サッカーや野球の練習場所だったグラウンドが使えなくなった小学生八人が「遊び場」を求めて声を上げている。区内の状況を調べて発表会を開くと、大人たちが耳を傾けるようになった。都会で安全な「遊び場」を確保するには、どうしたらよいか。新たな動きが出始めている。 
 「東京に遊び場を作れなど、とてもむずかしい事です。だけどぼくは、サッカーでいろいろな努力をしていきたいです」
 区立加賀小六年の相沢悠真君(12)は二月、坂本健区長にそんな手紙を出した。ボール遊びが好きな子どもたちの居場所だった旧板橋第三小学校グラウンドは、児相などが入る施設の用地で、同月からの工事で一般の利用ができなくなった。
 三月、坂本区長から代替場所として本町児童遊園などを紹介する返事が届いた。しかし、同様に活動場所を失った利用者が集まっていたり、決められたボールを使うといったルールがあったりして遊びにくい。
 「遊び場」が見つからない中、いろいろと不満を聞いていた神元幸津江さんの呼び掛けで、月に一度、子どもたちが主体的に考える「子ども会議」が始まった。神元さんは三月まで、旧小学校校舎内に入る「いたばし総合ボランティアセンター」の職員をしていた。
 会議の一方で、相沢君たちは、周りの施設を見て回り、遊び場の状況を調べた。九月末に開催した活動発表会では、訪れた大人から「子どもたちの意見も聞くことが必要だ」「安全のためにも、思い切り遊べる場を確保できないか」などの声が上がった。
 「年齢に関係なく皆が思い切り遊べる場所を作りたい。子どもにも議論をさせて」。相沢君らは今月、子どもの遊び環境の整備を求める陳情を区議会に提出する予定だ。
 子ども会議を見守ってきた区議は「思いを受け止め、子どもを含めた街づくりの一歩にしたい」、別の区議も「遊び場の問題に限らず、子どもたちの意見を社会に出す仕組みを作りたい」と話す。区の担当者は「子どもたちの声を聞かない姿勢はない」としている。
 神元さんは「最初は自分たちのためだったが、児相の必要性を理解し、弟、妹世代のためにどんな場所があるべきかまで話し合うほど成長していった。子どももちゃんと考えていて、大人は議論の場所をもっと作らなければ」と話した。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/list/201911/CK2019110502000127.html



<金口木舌>それでも蹴らない(2019/11/5琉球新報)
 タイやビルマの戦線を転戦した日本陸軍の尉官の述懐がある。戦場は「自分がやらなきゃ殺されるからやっているに過ぎない。そんな環境に置かれたらもう理屈ではない」
▼ラグビーの経験者だった。戦後、狂気の環境を二度と生まないよう、スポーツが果たせる役割を追求した。早大教授としてラグビーを実践例に指導哲学を構築した故大西鉄之祐さんだ
▼ラグビーの試合で、審判の目を盗み相手を蹴ってのしたら勝てるとしても、そこで「これは悪いことだ」と気付き、やめられることを重視した。争う中でも自らを律する「闘争の倫理」だ。戦争につながることを忌避する心も育めると考えた
▼激しい接触を伴うラグビーで規律や品位は何より大切にされる。強い体をつくり、戦術を練って最善を尽くす。対戦相手がどの国であっても、同じ努力を重ねた相手への尊敬を忘れない
▼ラグビーワールドカップ(W杯)が閉幕した。外国出身の多い日本代表は「ワン・チーム」を体現し、大躍進で多様性の妙を示した。南アフリカはさまざまな出自の選手が結束して頂点に立った
▼「国々が互いに結びついて一つの揺るぎない世界に」。W杯テーマ曲「ワールド・イン・ユニオン」の一節だ。大西さんは、スポーツは平和を愛するための重要な手段とも説いた。その教えが重みを増していると感じさせる日本大会だった。
https://ryukyushimpo.jp/column/entry-1020116.html


posted by オダック at 21:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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