2020年02月16日

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アイツは米兵、おれの友達 けど譲らないよ基地はNOだ(2020/2/15朝日新聞)
 アイデンティティーをめぐる取材で「沖縄人」としての意識を強く持つ青年と知り合った。沖縄県西原町の與儀(よぎ)幸太郎さん(25)だ。留学先のハワイで意識に目覚め、沖縄で近年、話者が減っている「しまくとぅば(島言葉)」の言語復興に取り組んでいる。
 日本全体の米軍専用施設のうち約7割が集中する沖縄で、かつてはファッションをまねるほど米兵に憧れていたという。だが、いまは沖縄の「脱植民地化」のために米軍は不要だと考える。米軍普天間飛行場の辺野古移設には、明確に「NO」の立場だ。
 そんな與儀さんだが、最近習い始めた琉球空手の道場で友達ができたのだという。辺野古の基地「キャンプ・シュワブ」から通ってくる海兵隊の米兵男性(27)だ。
 聞けば、沖縄では琉球空手を習う米兵は決して珍しくはないらしい。敗戦後の米国統治時代、地元との融和策として米軍基地から空手道場に通う兵士は数多く、なかには本国に持ち帰り、道場を開くようなケースもあったという。
 ハワイに留学していた與儀さんは英語で意思疎通ができる。反基地派の青年と米兵男性の会話はなかなか刺激的なようだ。
 「沖縄は琉球併合で日本に組み込まれたから、戦争にも巻き込まれた。脱植民地化が必要だ」と與儀さんが主張すれば、「米国と日本の安全保障があるだろ。なぜ反対するんだ」と言い返してくる。
 沖縄の伝統舞踊エイサーについて、「ジャパニーズ・カルチャー、すばらしい」と米兵男性が言えば、與儀さんは「違う、沖縄のカルチャーだ」と教え諭す。
 空手の稽古後に一緒に食事をしながら議論し、終われば車で送ってあげることもある。
 ツイッターへの投稿で與儀さんは思いをぶちまけた。
 《(米兵男性とは)仲良く一緒に飯も食うし個人に恨みはない。だけどもおれが反戦平和で反植民地主義なのは常に分からせているつもり》
 沖縄を愛する青年と米兵との友情物語――。などと、ドラマ仕立てには書けそうにない。でも、現在の沖縄にこんな一風景があることは確かだ。
https://digital.asahi.com/articles/ASN2F4VTDN1JUHBI03M.html?iref=comtop_list_nat_n03



(声)語りつぐ戦争 焼け跡で口にしたお茶の味(2020/2/15朝日新聞) ■語りつぐ戦争 戦後75年
 無職 西尾房子(大阪府 89)
 1945(昭和20)年6月1日、大阪で2回目の大空襲がありました。防空壕(ごう)の中も危なくなり、やっとの思いで避難所の国民学校にたどり着き、一夜を過ごしました。
 翌朝、真田山公園(大阪市天王寺区)近くの高台から家のある方を眺めると一面焼け野原。我が家にたどり着くとすっかり焼け落ち、むき出しになった水道管から水が噴き出しているだけでした。
 家の通り庭の一角を掘って埋めていた茶筒は無事で、茶葉がいっぱい。くすぶる木片でお湯を沸かしてお茶を口にすると、助かったのだという実感が湧きました。父母とお互い黒く汚れた顔を見合わせ、初めて笑みが浮かびました。
 ふと気がつくと、焼け跡でお父様を荼毘(だび)に付しておられる近所のご家族が目に入り、思わず黙祷(もくとう)しました。一番おいしかったお茶と共に、一生脳裏から消えない情景となりました。ペットボトル片手に往来する人を見る度、焼け跡で口にしたお茶を思い、平和の時代に生きているありがたさをしみじみ感じるのです。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14365868.html?iref=mor_articlelink08



(声)語りつぐ戦争 目の前で撲殺された愛犬エス(2020/2/15朝日新聞) ■語りつぐ戦争 戦後75年
 無職 林田正一(熊本県 84)
 1944(昭和19)年、少年時代に我が家にいた土佐犬エスのことである。
 祖父がエスを呼んでいた。呼べば必ず飛んでくるはずが来ない。畑を逃げ回っている。見知らぬ男性が何人か来ていた。犬の供出だった。祖父も覚悟を決めていた。
 好物の生卵にも近づかない。やっと鎖をかけたが動かない。家族が私に「ついて行け」と言う。供出が何のことか分からないまま、綱で引きずられるエスに同行した。
 川沿いの堤防の堰(せき)で、男たちはエスを棒で殴り始めた。暴れ、ほえるエス。私は止めることもできず、走って離れた。戻った時、エスは鉄の棒につるされていた。
 皮は戦地での背嚢(はいのう)になると後日聞いた。戦地へ慰問の手紙を学校で書いた。「エスはお国のため兵隊さんと一生懸命戦っています」。短い慰めの返事が届いた。
 国を挙げた戦争もすでに先が見え始めていたのではなかったか。犬の皮を取ると同時に、人の食糧を守るための食べ手減らしでもあったのかもしれない。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14365867.html?iref=mor_articlelink07



(声)語りつぐ戦争 引き抜いて腰掛けたのは不発弾(2020/2/15朝日新聞) ■語りつぐ戦争 戦後75年
 無職 奥村秀雄(千葉県 86)
 私の故郷甲府市は1945(昭和20)年7月6日深夜、米軍爆撃機B29の空襲を受け、一夜にして町は灰燼(かいじん)に帰した。市中心部で洋服店をしていた私の家も焼けた。
 私は国民学校6年生だったが授業はなく、自宅から8キロほど離れた母の実家に泊まり込み、農作業の手伝いをしていた。
 翌朝もまだ空は赤黒かった。家の周辺には被害がなく、私は手伝いの男性と畑に出かけた。すると畑の手前で農家が1軒、全焼しくすぶっていた。畑からは一面、六角形の筒状物体が突き出ていた。引き抜いては畑の隅に置いた。70本以上あった。夕刻、リヤカーに山積みにし、私は上に腰掛けた。
 家に着くやいなや、祖父が猛烈な悲鳴を上げた。私が持ち帰ったのは、焼夷弾(しょういだん)の不発弾であった。
 もし信管に触れて爆発したら、大やけど、または命を落としていたかもしれない。翌日、市中心部を見に行った人が不発弾で大やけどをし、担がれて帰ってきた。恐ろしさで胸がつぶれた。私は運がよかったとしかいいようがない。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14365866.html?iref=mor_articlelink06



(声)語りつぐ戦争 空襲警報鳴らず、目覚めると火(2020/2/15朝日新聞) ■語りつぐ戦争 戦後75年
 無職 能瀬英太郎(岡山県 82)
 パチパチという音で外に出た母が「空襲じゃ、家が燃えとるぞ」と叫んでいた。目を覚ますと、生後7カ月の妹をおぶった母が3歳の弟を連れて南へ逃げろと11歳の兄に命じ、8歳の私には布団などを隣家の畑まで運べと指図した。「なにしとる、天井まで火が回ったぞ」と、同居していた親類のおばあさんに母が言うと、「腰が抜けて立てん」と言いながらはい出て来た。燃えるわが家を隣家に運び出した布団の横で眺めていると、おばあさんはお経を唱えていた。父は仕事に行き、留守だった。
 燃え上がる家のはるか上空で、B29が町が焼ける明かりに照らし出されていた。高射砲も日本軍機も応戦せず、サメの群れのような敵機のなすがままだった。1945(昭和20)年6月29日未明の岡山大空襲だ。
 その少し前、私と兄は屋外の便所へ行った。5キロほど北の空が照明弾で昼のように明るくなるのを見たが、そのまま寝た。空襲警報が鳴らなかったからだ。
 父が帰ったのは昼前。全焼した家の前で無事だった他の家族といる時だった。のどかな農村にも、戦争は関係なくやってきた。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14365865.html?iref=mor_articlelink05



(声)語りつぐ戦争 戦友の遺体、手首切って土葬(2020/2/15朝日新聞) ■語りつぐ戦争 戦後75年
 無職 森本源治(兵庫県 94)
 終戦が近い1945(昭和20)年8月、所属部隊「鷺三九〇八」は、中国河南省洛陽の南の奥地で小高い山の上に陣地を築き、塹壕(ざんごう)を掘って敵と対峙(たいじ)していました。月の明るい夜8時ごろ、塹壕の前に鉄条網を張る作業をしていました。4人1組で杭打ちと有刺鉄線張りに2人ずつ分かれての作業で、私は杭打ち組でした。
 作業を始めて約30分後、山の下の敵陣から迫撃砲の攻撃が始まりました。迫撃砲の砲弾は高角度で発射され、弧を描く弾道となります。敵陣から打ち上げられた1発の砲弾が、有刺鉄線組に命中して爆発したようでした。
 私たち杭打ち組の2人は、直ちに約2メートル離れた着弾地点に行きました。硝煙で何も見えず、鼻をつく火薬の臭いとともに、煙の中から腹を押さえて低い声で「うー」とうめきながら横たわる戦友を見つけました。無事だった鉄線組の1人と計3人で急いで抱きかかえて塹壕の中に入れました。しかし、何の手当てもする間もなく息を引き取りました。
 戦地では遺体を焼く大きな火はたけません。片方の手首を切って焼き、遺体は土葬して弔いました。手首の遺骨を中隊本部に渡しました。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14365864.html?iref=mor_articlelink04



(声)語りつぐ戦争 満州脱出、残した母と弟は自決(2020/2/15朝日新聞) ■語りつぐ戦争 戦後75年
 無職 大塚ミネ(神奈川県 88)
 ソ連の町明かりが見える旧満州(中国東北部)虎林近くの開拓団で終戦の年を迎えた。13歳だった。8月9日。学校で先生が「ソ連と戦争だ。すぐ帰れ」。父と長兄は水田集落の水番で不在。三兄は2人を待つと家に残り、母、弟2人と家を出た。
 翌朝、関東軍がいるはずの虎林に着くと宿舎が炎上、兵はいない。何百人もの開拓団員だけでさらに逃げるしかなかった。銃撃、襲撃、機銃掃射。空腹。列は崩れ、ばらばらになりながら2週間ほどで勃利の開拓団跡地に着き、塩にありついた。
 だが数日後「ソ連軍が来る。静かに歩けない人は自決」と決まった。病弱な母に幼い弟、幼子3人がいる姉夫婦。皆で自決と決めた夜、先生に呼ばれた。「生きてお国のため働け」。「母や弟を残してとても行けません」と泣く私に、母も「お前は生き抜ける子。父ちゃんたちに母ちゃんたちのことを伝えて」。着ていた野良着を脱いで私に着せた。
 100人ほどで脱出。翌日、追いついた人に、母たちの集落は鉄砲で撃ち合い自決と聞いた。どんな最期だったか。涙が止まらなかった。帰国後、復員した次兄と再会できたが、父たちの消息はわからないままだ。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14365863.html?iref=mor_articlelink03



(社説)資料書き換え 原発審査の根幹揺らぐ(2020/2/15朝日新聞)
 原発の審査を、根幹から揺るがしかねない事態である。
 日本原子力発電・敦賀原発2号機(福井県)の新規制基準に基づく審査資料を、原電が黙って書き換えていた。「再稼働実現のために改ざんしたのでは」と疑われても仕方あるまい。
 原子力規制委員会が審査を中断し、調査資料の原本の提出を求めたのは当然だ。
 敦賀2号機をめぐっては、規制委の有識者会合が「原子炉建屋の直下に活断層が走っている可能性がある」と報告した。これを規制委が認めたら運転できなくなるが、原電は「活断層ではない」と主張して審査を申請した経緯がある。
 書き換えられたのは、ボーリング調査で採取した地層サンプルの観察記録だ。たとえば、原電は一昨年の審査資料にあった「未固結」という記述を無断で削除し、「固結」と書き加えていた。同じような事例が、少なくとも十数カ所あるという。
・・・ 「生データに手を加えれば議論に誤解が生じる。本当にひどい」と規制委の更田豊志委員長が批判したのも無理はない。
 看過できないのは、今回の書き換えが審査の行方を左右しかねなかった点である。規制委が活断層と判断するか否かは今後の審査しだいだが、その際にボーリング調査のデータは重要な役割を担うのだ。
 原発専業の原電は、4基のうち2基の廃炉が決まり、残る敦賀2号機と東海第二原発の再稼働に社運がかかる。ぜひとも運転を認めてもらおうと、活断層説が弱まるようにデータを書き換えたのではないか。そんな疑いがぬぐえない。
 悪意も意図もなかったというのなら、原電は詳しい事実関係を明らかにする責任がある。・・・
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14365862.html?iref=mor_articlelink02



【社説】新型肺炎拡大 国内流行へ先手を打て(2020/2/15東京新聞)
 新型コロナウイルスによる肺炎(COVID19)が拡大している。国内で感染者の死者が初めて出た。感染経路がはっきりしないケースも出始めた。国内で流行が起きていると想定し備えるべきだ。
 亡くなった女性をはじめ東京都内のタクシー運転手、千葉県の男性、和歌山県の医師の感染が次々と分かった。これまでと違い感染経路がはっきりしない。
 国内で感染が広がっている。そう考えて政府には拡大防止に先手を打つ対応を求める。
 まず、やるべきは情報の開示である。今国内がどんな感染状況なのか全体像が分からないからだ。
 加藤勝信厚生労働相は国内流行については「今の段階で根拠がない」と言うが、専門家は国内での感染が始まっていると指摘している。専門家の認識を前提に今どんな段階の感染状況なのか、その説明を聞きたい。その上での対策だ。
 クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客は、感染状況や検疫の見通しに関する情報が不足し不安を増幅させている。情報の重要性は自明だ。政府は通信機器の提供を始めたが遅すぎる。
 状況認識を国民も共有してこそ対策が進むと心すべきだ。
 患者増に備え治療態勢の整備は必須だ。政府は感染症に対応する医療機関の態勢強化を図るが、軽症者が集中しては重症者の治療に支障が出かねない。どんな状態の患者をどう治療するのか、一般の医療機関との役割分担など連携も迅速に進めたい。
 政府の緊急対策では簡易診断キットの開発と利用開始を本年度中に実施する方針だ。ワクチンや治療薬の早期の開発も待たれる。
 個人でもできることがある。感染が心配ならむやみに医療機関に行かず、厚労省の相談窓口や各地の帰国者・接触者相談センターに連絡してほしい。必要なら受診する医療機関を紹介してくれる。
 もちろん水際対策の重要性は変わらないが、乗客らの船内待機が続くクルーズ船について世界保健機関(WHO)は感染の「劇的な増加」がみられると、封じ込めを疑問視している。
 政府は乗客の健康状態の悪化に配慮して高齢者の一部の下船を決めたが、希望者は原則下船させるなど方針の転換が必要ではないか。感染防止と生活環境への配慮の両立を考えるべきだ。
 新型肺炎は高齢者や持病のある人の重症化は注意が必要だが、患者は軽症者が多い。正確な情報を得て冷静に対応したい。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2020021502000171.html



<金口木舌>見えないと分からない(2020/2/15琉球新報)
 第92回アカデミー賞の作品賞など4部門に韓国映画の「パラサイト 半地下の家族」が輝いた。家族4人全員失業中の貧しい一家が、裕福な家庭に巧みに“寄生”していく物語だ。高い娯楽性を持ちながら格差社会を痛烈に描き出す
▼貧しい一家の父親は運転手として裕福な家庭に雇われる。雇い主は運転手の仕事ぶりを評価するが、体臭は地下鉄の乗客のようなにおいがするから苦手と言う。「分からない」と首をかしげるのは雇い主の妻。地下鉄に乗った経験がないからだ
経済的な格差が拡大すると、社会の階層化や分断化が進む。所得に応じて住む地域や学校、職場が異なる傾向があり、格差が見えにくくなるといわれる。格差の拡大は貧困問題につながりやすい
▼沖縄は子どもの貧困率が29・9%(2015年度)で全国の2倍近い。県の調査では、家計の貧しさ故に多くの高校生が進学を断念している実態が浮き彫りになった
▼貧困が原因で子どもの将来が狭められないよう連鎖を断ち切らなければならない。「パラサイト」では貧しい一家の息子が将来を悲観する姿も印象的だ。沖縄にも同じ境遇の人がいる
▼観光需要などを追い風に、県内の平均有効求人倍率は1・19倍と6年連続で復帰後最高値を更新している。好調なうちに所得を上げて就労環境を整えたい。格差の拡大を食い止めることは急務だ。
https://ryukyushimpo.jp/column/entry-1074418.html



(社説)辺野古移設 不都合な現実 直視せよ(2020/2/14朝日新聞)
 不都合なデータに目をつぶり、埋め立て工事を止めようとしない。「辺野古ありき」で突き進む政府の強権ぶりが、また明らかになった。
 沖縄・米軍普天間飛行場の移設先とされる名護市辺野古沖の軟弱地盤が、これまで政府が改良工事可能としてきた海面下70メートルよりも深い可能性を示すデータが存在していた。
 埋め立て予定海域の東端で、護岸が建設される地点。防衛省の委託を受けた業者が、海底の土の種類を確認する「物理試験」のために採取した試料を使って地盤強度も調べたところ、70メートルより深い部分で6段階中2番目の軟らかさだった。
 防衛省は、別の目的で採取された試料であり、試験も船上で行う簡易なものだったとして、地盤強度を調べる「力学試験」とは認められないとの立場だ。河野太郎防衛相は一昨日の衆院予算委員会で「力学試験でも何でもない」「設計変更には反映されない」と繰り返した。
 いくら簡易的な方法によるとはいえ、工事の大きな障害となりうるデータが示された以上、改めてボーリング調査を行い、強度を正確に判定するのが当然ではないのか。
 作業船で地盤改良工事をできる深さは70メートル程度とされる。防衛省は150〜750メートル離れた別の3地点の調査結果をもとに、ここでも70メートルまでの工事で足りるという。護岸の下という重要な地点の調査をなぜ避けるのか。頑(かたく)なな姿勢は、軟弱地盤の深刻さを認めたくないためと見られても仕方あるまい。
 明らかになったデータは、防衛省が昨年3月に国会に提出した報告書の巻末資料の中に英文で掲載されていた。当時の岩屋毅防衛相らは、この地点で調査が行われていたこと自体を否定しており、数値は事実上伏せられたままだった。
 政府は昨年末、軟弱地盤対策を織り込んだ総工費の見直しを公表した。従来想定の約2・7倍にあたる約9300億円。事業完了までの工期は12年と見積もられ、普天間返還は早くても30年代半ばへと大幅にずれこむ見通しとなった。軟弱地盤が想定以上に深ければ、工費や工期がかさむだけでなく、技術的な可能性にも疑問符がつく。
 政府は14〜16年の調査で軟弱地盤の存在を把握しながら公表せず、埋め立ての土砂投入を始めた後に事実を認めた。沖縄で繰り返し示された「辺野古ノー」の民意を無視する強引な手法は、もはや限界にきている。
 「マヨネーズ並み」の地盤が広がる辺野古沖を「適地」とする計画の破綻(はたん)は明らかだ。政府は速やかに工事を止め、一から出直すべきである。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14364470.html?iref=comtop_shasetsu_01



【社説】首相のやじ 国会を冒涜する暴言だ(2020/2/14東京新聞)
 到底聞き流すわけにはいかない。安倍晋三首相が委員会審議中、野党議員に「意味のない質問だよ」とやじを飛ばした。行政監視や国政の調査を担う国会を冒涜(ぼうとく)する暴言だ。厳しい対処を求める。
 そのやじは十二日の衆院予算委員会で、立憲民主党の辻元清美議員が質問を終えた直後に飛び出した。委員会は一時紛糾。発言の確認を求めた同党議員に対し、首相は「(辻元氏の質問は)罵詈(ばり)雑言の連続で、私に反論の機会が与えられなかった。ここは質疑の場だ。これでは無意味じゃないかと申し上げた」と説明した。
 まず国会審議が何のために行われるのか首相は理解していない。
 国会審議は、提出議案の可否を決めるとともに、国政に関する調査を行うためにある。また首相や閣僚は「答弁又(また)は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない」と憲法は定める。
 つまり国会は議員の質問に答える場であって、政府による反論や宣伝の場ではない。たとえ相手が野党でも、首相らが最大の敬意を払って審議に臨むべきは当然だ。
 野党の質問を「意味のない質問だよ」などと揶揄(やゆ)するのは、国会の権能をまったく理解せず、国権の最高機関であり唯一の立法機関である国会を冒涜し、議会制民主主義を危うくする暴言である。
 そもそも辻元氏の発言は罵詈雑言だったのか。発言を振り返る。
 「鯛(たい)は頭から腐る。上層部が腐敗していると残りもすぐに腐る。首相が桜とか加計とか森友とか、疑惑まみれと言われている。ここまできたら頭を代えるしかない」
 首相には耳が痛いだろうが、罵詈雑言ではなく的を射た発言だ。
 「桜を見る会」や森友・加計両学園を巡るいずれの問題も、首相に近しい人に便宜が図られ、行政の公平・公正性への疑念が膨らんだ。国会で問題視されると公文書の廃棄や改ざんも行われた。
 こうした問題を生んだ要因には安倍長期政権の弊害を指摘せざるを得ない。首相ら政権中枢に権力が過度に集中し、独善が許されるようにまでなった。
 首相はこれまでも野党の質問にまともに答えなかったり、自席からやじを飛ばすなど、国会に対して、非礼な行為を繰り返してきた。
 首相は十七日、衆院予算委の集中審議で自身のやじについて「釈明」するというが、容易に許されていい問題ではない。国民の代表で構成される国会は、議会制民主主義を脅かす政府の言動に、厳しく対処しなければならない。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2020021402000145.html



【茨城】「絶対反対」漁連訴え 福島第一原発の汚染水 海洋放出 (2020/2/14東京新聞)
 本県沿海の十漁協でつくる茨城沿海地区漁業協同組合連合会の役員ら約五十人が十三日、県庁を訪れ、東京電力福島第一原発で大量保管されている放射性物質のトリチウムを含む汚染水を海に捨てさせないよう、大井川和彦知事に訴えた。知事は国に働き掛けていく考えを示し、漁連役員らとともに「海洋放出、絶対反対」のシュプレヒコールを上げた。 
 経済産業省の小委員会が十日に正式にまとめた報告書は、汚染水の処分方法について、海洋放出と大気放出が現実的な選択肢で、海洋放出の方がより確実に実施できるとしている。
・・・ 漁連の吉田彰宏専務理事が読み上げた要請書は「海洋放出することになれば、風評の再燃は必至。トリチウム以外の放射性物質が基準値を超えて残留しているとの報告もあり、新たな実害の発生が大いに懸念される」と指摘。「これまでの漁業関係者の努力を水泡に帰し、漁業の継続を断念する状況に追い込む仕打ちであり、絶対に受け入れることはできない」と強調した。
 飛田(とびた)正美代表理事会長から要請書を受け取った大井川知事は「私も皆さんと同じ気持ちだ。国に伝えていきたい」と応じた。
 知事は小委の報告書の概要が判明した一月末以来、「海洋放出を安易に結論とする報告は容認できない」などと発言していた。・・・
https://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/list/202002/CK2020021402000166.html



【東京】「中村医師は私たちの目標」アフガンスタッフ報告会 100人参加「遺志継いでいく」(2020/2/14東京新聞)
 アジアの子どもに日本の絵本を送る活動をしている公益社団法人「シャンティ国際ボランティア会(SVA)」(新宿区)アフガニスタン事務所のスタッフらが来日し、十二日夜に千代田区内で報告会が開かれた。現地で活動していた医師中村哲さん殺害事件に触れ、スタッフは「中村さんはアフガン人にとってヒーローだった。遺志を継いでいきたい」と決意を新たにしていた。 
 報告したのは、ワヒド・ザマニさん(43)とハミドゥッラー・ハミドさん(33)。SVAは、これまでアフガニスタンの百五十八カ所に図書館を設け、現地語訳を張った日本の絵本を約一万三千冊送っている。また、給水用の井戸を開設したり、女性センターをつくって識字教室を行ったりしている。
 昨年十二月、NGOのペシャワール会現地代表だった中村さんが武装集団に殺害された夜、「市民が集まってろうそくをともし、子どもまで悲しんで涙を流した」とハミドゥッラーさん。ワヒドさんは「美しいアフガンを取り戻したいという中村さんの復興へのかかわり方は、私たちの目標になっている」と話した。
 ワヒドさんによれば、アフガニスタンでは戦争で毎年一万人近い市民が死傷し、四割は女性や子どもだという。教育施設は全滅の状態だったが、日本はじめ国際社会の支援で半数近くが建設された。「教育を受けられる女子児童が、地方にも増えているのはポジティブ(前向き)な変化」とワヒドさん。
 報告会には約百人が参加した。ハミドゥッラーさんは「紛争や干ばつで家を離れる国内避難民が昨年一年間だけでも四十三万人。その三分の一が劣悪な水資源を利用し、亡くなる人も多く報告されている」と話し「日本とアフガニスタンは本当に友好的。アフガニスタンのことを忘れないでください」と訴えた。
 SVAはタイやカンボジア、ネパールなどで教育を支援し、これまでに約三十一万二千冊の絵本を送っている。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/list/202002/CK2020021402000153.html



【社説】米国の小型核 抑止どころか危険だ(2020/2/12東京新聞)
 「核なき世界」を目指す動きに逆行している。米国防総省が、新開発の小型核弾頭を潜水艦に配備したと発表した。ロシアや中国への抑止力になるとするが、「使える核」が世界に広がりかねない。
 小型核弾頭はW76−2と呼ばれる。トランプ政権は、二〇一八年に発表した核体制の見直し(NPR)の中で開発を予告していた。
 爆発力が約百キロトンだった従来型の核兵器を改造し、五〜七キロトン程度に抑えたもので、弾道ミサイルに搭載されて原子力潜水艦から発射される。
 すでに実戦配備され、核の先制使用も辞さない構えだ。
・・・ 実戦配備について、国防総省の報道官は、「敵国による限定核攻撃が無意味であることを示し、抑止力を高める」と正当性を主張しているが、とても言葉通りに受け止めることはできない。
 小型核は、被害が限定されるため核使用のハードルが下がり、使いやすくなる。すでにロシアが保有しているとされ、米国が実戦配備したことで、核戦争の危険がいっそう現実味を帯びてきた。
 また原潜から発射されるミサイルは、外見だけでは小型核を搭載しているか判別できないため、相手国の過剰反応を起こしかねない、との懸念も出ている。
・・・ 日本は、米国の核の傘に依存している。それでも、唯一の戦争被爆国として、米国に対して自制を求め、核兵器の削減に向けた努力を続けるよう促す責務がある。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2020021202000130.html

posted by オダック at 19:32| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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