2020年03月27日

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遺族メモ「国会答弁が改ざんの原因」  はぐらかす首相(2020/3/24朝日新聞)
 安倍晋三首相の国会答弁が引き金になった――。学校法人森友学園をめぐる財務省の公文書改ざん問題で、自殺した近畿財務局職員の赤木俊夫さん(当時54)の妻が23日に公表したコメントは、くすぶり続ける疑問を改めて突きつけた。首相は野党から繰り返し質問されたが、自身の答弁の影響を否定。再調査にも応じなかった。
 同日午前に公表されたコメントは「安倍首相は2017年2月17日の国会の発言で改ざんが始まる原因をつくりました」との言葉で始まっていた。「私や妻が関与していたということになれば、首相も国会議員も辞める」と言い切った首相答弁を取り上げたものだ。
 財務省が18年6月に発表した調査報告書によると、この答弁の9日後から改ざんは始まった。だが、報告書は首相答弁の影響には触れず、改ざんの目的として「さらなる質問につながり得る材料を極力少なくすること」とし、当時の理財局長だった佐川宣寿(のぶひさ)氏が「方向性を決定づけた」とまとめていた。
 妻のコメントを受け、23日の参院予算委員会では、改ざんのきっかけが焦点となった。
 共産党の小池晃氏は、報告書の「さらなる質問につながり得る材料を少なくすること」の部分を引用しつつ、「『さらなる質問』とは首相に関する質問だ。国有地売却と、首相と夫人の関わりを明らかにしないための改ざんだったことを認めるか」とただした。
 首相は「小池委員は、なるべく私に(関与を)寄せよう、寄せようとしている」とはぐらかし、「それはまさに小池委員の見解だ。(私とは)見解が違う」と不快感をにじませた。そのうえで、週刊誌が報じた赤木さんの生前の「手記」に言及。「手記の中には、私の発言がきっかけだったという記述はない」と自身の答弁の影響を否定した。
 野党統一会派の芳賀道也氏(無所属)は赤木さんの「遺書」を読み上げ、「首相発言が改ざんのきっかけだ」と迫った。首相は「同じ質問ですから同じような答えになるのはお許し頂きたい。場外からのヤジが多過ぎる。ヤジがないとダメなんですか」と笑いながら答弁。「答弁が改ざんのターニングポイントというのは手記にはない」とし、関与を示す直接の表現がないことを繰り返し強調した。
 妻は同日午前のコメントで、再調査を拒む姿勢を示す首相や麻生太郎財務相を名指しし、「2人は調査される側で、再調査しないと発言する立場ではない」と批判した。
 首相は予算委で「手記に新しい事実がある」などと再調査の必要性を何度も問われたが、佐川氏が改ざんの方向性を決定づけたことなどが財務省の報告書に書かれていることを挙げ、赤木さんの残した遺書や手記と報告書は「趣旨として同じ内容で両者に齟齬(そご)はない」と強調。再調査を改めて否定した。
 立憲民主党の福山哲郎氏が「第三者機関を入れて調査委員会を立ち上げてはどうか」と提案した際には、「最強の第三者機関と言われる検察がしっかりと捜査をした結果がもうすでに出ている」とし、その必要性を否定した。・・・
 麻生太郎財務相は23日午前の参院予算委員会で、森友学園に関する公文書改ざんを苦に自殺した財務省近畿財務局の赤木俊夫さんの遺族への弔問について、「原告と被告が裁判所以外で会うのはなかなか難しい」と述べた。18日午前の国会答弁では遺族の了解があれば弔問する意向を示していたが、その後、赤木さんの妻が国などを提訴したことを受け、一転、否定的な考えを示した。・・・
自殺した近畿財務局職員の妻のコメント(23日午前に公表)
 安倍首相は2017年2月17日の国会の発言で改ざんが始まる原因をつくりました。
 麻生大臣は墓参に来てほしいと伝えたのに国会で私の言葉をねじ曲げました。
 この2人は調査される側で、再調査しないと発言する立場ではないと思います。
自殺した近畿財務局職員の妻の2度目のコメント(23日午後に公表)
 今日、安倍首相や麻生大臣の答弁を報道などで聞きました。すごく残念で、悲しく、また、怒りに震えています。夫の遺志が完全にないがしろにされていることが許せません。もし夫が生きていたら、悔しくて泣いていると思います。
 調査報告書と遺書も齟齬(そご)がないということですが、齟齬はあると思います。なぜ齟齬がないのか明確にして頂きたいと思います。
 再調査をしないとのことですが、何を言われても何度も再調査の実施を訴えたいと思います。財務省の中の人が再調査をしても同じ結論になるので、是非、第三者委員会を立ち上げて欲しいと思います。このままうやむやにされるとすれば、夫の遺志が全く果たされないことになります。
 弔問に関しては、麻生大臣が裁判を理由に弔問を断るのは絶対におかしいと思います。私に会わなくても、夫のお墓をお参りするのはいつでもできるはずです。夫の墓前に手を合わせて欲しいと思います。また、もし麻生大臣が私と会って頂けるのであれば、是非ともお会いして、お話をお伺いしたいです。
https://digital.asahi.com/articles/ASN3R6VTSN3RUTFK01D.html?iref=comtop_8_06



筆洗(2020/3/24東京新聞)
 レコード会社のごみ箱の中に歌詞が捨てられていた。それをたまたま見かけた女性が拾い上げ、読んだところ、かわいそうな戦災孤児の歌だった▼これをどうしても歌いたい。関係者にかけ合った。ヒットした「ガード下の靴みがき」(一九五五年)である。ごみ箱の曲を拾い育てた人が亡くなった。歌手で女優の宮城まり子さん。九十三歳。誰も気に留めなかった存在に手を差し伸べる。その後の生き方と重なる逸話かもしれぬ▼父親は生活の苦しいジャズマン。弟さんと二人でたいへんな苦労をして音楽の道に入った。戦後は巡業の日々だったそうだ▼からだの不自由な子どもたちの養護施設「ねむの木学園」を設立したのは障害者というだけで教育が受けられない当時の現実と自身が子ども時代に経験した悲しみがある。弟さんとこんな約束をしていたそうだ。「泣いている子にやさしくしようね」。それが学園となった▼当初は俳優の道楽と見られ、苦労の連続だった。汚物の付いた何十枚もの下着を素手で泣きながら洗った。干し終えたとたん、ロープが外れて全部落ちた。「神様、私はうそつきです。やさしくなんかありません」。逃げ出したくなる日もあったという▼子どもたちにはこう教え続けた。「やさしくね、やさしくね、やさしいことは強いのよ」。「やさしくしようね」から逃げなかった強い人が旅立った。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2020032402000157.html



【社説】森友文書改ざん 佐川氏の喚問が必要だ(2020/3/24東京新聞)
 森友学園を巡る財務省の公文書改ざんは、行政に対する信頼を損ねる重大な問題だ。再調査はもちろん、佐川宣寿元理財局長の証人喚問など、国会の国政調査権に基づく真相の徹底究明が必要だ。
 文書改ざんを強いられた財務省近畿財務局職員の遺族が国と佐川氏を提訴したのに合わせて公表した職員の手記には、改ざんは「すべて(当時の)佐川理財局長の指示です」などと記されていた。
 手記が公表された以上、再調査すべきは当然だが、安倍晋三首相は拒否している。きのうの参院予算委員会でも、再調査を求める野党議員の質問に「麻生太郎財務相の下、事実を徹底的に調査し、明らかにした。捜査当局による捜査も行われた」と答えた。
 確かに、財務省は二〇一八年六月四日付で、文書改ざんに関する調査報告書を公表している。
 佐川氏の関与については「一連の問題行為は、国有財産行政の責任者であった理財局長が方向性を決定付けた」「国会審議をさらに紛糾させかねない対応は避けるべきであり、(国会に要求資料を)提出する前に中身をよく精査すべきとの指示をしていたものと認められる」などと記してはいる。
 しかし、報告書は佐川氏が文書改ざんの方向性をどのように決定付けたのかや、直接指示の有無については明らかにしていない。
 そもそも財務省の調査は内部調査にすぎず、事実関係の特定が難しく、推認も盛り込んでいるとした上で「今後、新たな事実関係が明らかになる場合、さらに必要な対応を行っていく」とも記す。
 「すべて佐川理財局長の指示です」と記された手記が公表され、新たな事実関係が明らかになった以上、再調査を拒む政府の姿勢は理解しがたい。財務省は内部調査にとどまらず、外部の専門家による再調査を行うべきではないか。・・・
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2020032402000176.html



「笑わない被害者」勝手な虚像 性暴力被害 沈黙破る女性たち(2020/3/23東京新聞)
 当時十九歳の実の娘に性的暴行を加えたとして準強制性交罪に問われた父親(50)を、逆転有罪とした先日の名古屋高裁判決。一審の無罪判決は、被害者が「逃げられたはずだ」と断じた。そんな司法や社会の被害者に対する思い込みが、救済を遠ざけている。性暴力の無罪判決への抗議から各地に広がった「フラワーデモ」をきっかけに、レイプ被害を受けた女性が「偏見を変えたい」と沈黙を破った。 
 東京都内の大手企業に勤める久保田さん(28)は大学生の時、バイト先で会食に連れて行かれ、被害に遭った。トイレから出ると飲み物が勝手に取り換えられていた。口にした後、記憶が途切れた。意識が戻ったのは会食の場にいた男に暴行された後だった。
 七年後の昨年十二月下旬、ネットの書き込みに衝撃を受けた。「本当の被害者はこんなふうに笑えない。知り合いが言っていたよ」。書き込みには三万件の「いいね!」。元TBS記者の性暴力を訴えて勝訴した、ジャーナリスト伊藤詩織さんが笑顔で取材に応じる写真が添えられていた。
 「詩織さんが笑って何が悪い。社会人として笑顔で応対できたことは、むしろ立派だと思う。レイプ被害者という望みもしないレッテルに、二十四時間・三百六十五日、人格を支配されたままでいろというのか」
 居ても立ってもいられなくなり、今年一月には京都で、二月には東京駅前のフラワーデモでマイクを握り、自身がレイプ被害者と明かした。「私は冗談を言うし、友達とカラオケに行く。仕事も楽しい。なぜ笑ってはいけないんですか。強く抗議したいです」
 久保田さんは被害直後、助けを求めた医者にさえ「なぜ避妊しなかったのか」と理不尽に責められた。長かった髪を自分でめちゃくちゃに切り、死にたいと思い詰めた。一年近く、寝て起きて通院するだけの日々を送った。警察に行ったが不起訴に。その間の記憶はほとんどない。この七年、日常を取り戻そうと必死に生き延びてきた。
 「笑わない被害者」と同じく、「被害者は死ぬほど抵抗するはずだ」という刑法の性犯罪規定も、勝手に第三者がつくった「虚像」だ。性暴力の被害救済のためには、そんな世間の虚像を壊さなければ前に進めない。フラワーデモをきっかけに久保田さんは、実態を伝えていくと心に決めた。
 「もう黙らない」
◆欧州では「同意なしは犯罪」
・・・ 性暴力について欧州では性交の同意がないだけで犯罪とする流れだ。2011年、欧州評議会はイスタンブール条約で批准国に「同意なき性交」を犯罪と規定するよう要求した。ドイツは16年、「ノー」の意思を示せばレイプとなる刑法に改正。スウェーデンでは明確に「イエス」と意思表示しない限り罪になるよう18年に刑法を改めた。
 日本では、17年の刑法改正の審議会で同意なき性交の扱いが議論されたが慎重論が多く、見送られた。 
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/202003/CK2020032302000127.html



山中教授が新型コロナHP開設 「最新の研究成果正確に発信」(2020/3/23東京新聞)
 人工多能性幹細胞(iPS細胞)の開発でノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥・京都大教授(57)=写真=が、新型コロナウイルスについて最新の研究成果をまとめ、ホームページで紹介している。「自分にできることは、医学研究者として情報をできるだけ正確に発信すること」。多忙の合間を縫ってほぼ毎日更新している。
 ウェブサイト「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」(https://www.covid19-yamanaka.com)を13日から始めた。新型コロナの3つの特徴やインフルエンザとの違いを解説するほか、新型コロナ関連の科学論文から重要と考える成果を紹介し、コメントも添えている。
 きっかけは、11日に発表された選抜高校野球大会の中止。球児たちが涙をこらえて受け入れる姿を見て「心が震えた」という。同時に、新型コロナとの闘いでは、それぞれができることを根気よく続ける必要がある、と考えた。
 山中教授自身は感染症や公衆衛生の専門家ではないが、iPS細胞をいかに分かりやすく発信するか、考えてきた自負もある。
 新型コロナの「正しい可能性が高い情報」として、「年齢により致死率に差があり、高齢者の致死率は10%前後と高い」「感染力は、一番低い報告でも、季節性インフルエンザと同程度」などを挙げている。同時に「正しいかもしれないが、エビデンス(証拠)が不十分な情報」も列挙している。・・・
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/202003/CK2020032302000225.html



宮城まり子さん死去 「母」のまなざし、深く 「ねむの木」半世紀 障害者教育に尽力(2020/3/23東京新聞)
 二十一日に死去した宮城まり子さんは歌手、俳優として活躍するかたわら、肢体不自由な子どものための施設「ねむの木学園」を一九六八年に設立し、長年にわたって教育や福祉活動に尽力した。園生から母親のように慕われた宮城さんとの別れに、関係者は悲しみに包まれた。
<評伝>
 肢体の不自由な子どもたちの施設「ねむの木学園」設立から半世紀。園長として学園のために奔走してきた宮城まり子さんは「みんな、かわいい良い子。食べちゃおうか」と、ちゃめっ気たっぷりに園生への愛を語っていた。
 「子どもたちのお祭り」と毎年楽しみにしていた学園の運動会。昨年の秋、「もう(食事の)味まで分からない」とがんの進行を明かしながらも、車いすに乗ったまま、数時間にわたって歌や踊りを指揮し続けた。「おかあさん」「子どもたち」と呼び合う園生との強い絆が、場内を温かい空気で包んだ。
 静岡県浜岡町(現御前崎市)に、ねむの木学園をつくったのが一九六八年。土地取得や職員集めなど、さまざまな苦労を乗り越えた。園長として、「母」として、多忙を極める毎日。経済的にも常に厳しい運営を強いられたが、宮城さんの気力を支えたのは子どもたちの“輝き”だった。
 園生が描く絵が放つ、豊かな感性に驚かされた宮城さん。決して描き方を教えることはしなかった。線がゆがんでいても、それがその子の持ち味という考えだった。
 「言葉でしゃべれない子も、絵でしゃべることができる」。自然や音楽、宮城さんとの触れ合いを通じて、感性が花開くのをただ待つだけ。その指導法は絵画だけでなく、手描き友禅、コーラスなど多彩な活動に及んだ。
 宮城さんの活動を支えたのは、長年にわたるパートナーだった作家吉行淳之介さんと交わした約束だ。「子どもたちのために絶対に(学園を)やめない」。吉行さんを生涯愛し続けたように、子どもたちにも優しいまなざしを注ぎ続けた人生だった。 
◆上皇ご夫妻が弔意
 宮城まり子さんの死去を受け、親交が深かった上皇ご夫妻が宮内庁上皇職を通じ、養護施設「ねむの木学園」に弔意を伝えられたことが、宮内庁関係者への取材で分かった。
 上皇ご夫妻は、皇太子夫妻時代から宮城さんと交流があり、学園を訪問したり、上皇后美智子さまは園生が描いた絵画などの作品展にも足を運んだりした。
 最近では二〇一八年十一月、ご夫妻が学園を訪れ、車いすに乗った宮城さんと園生の活動を見て回った。
◆園生の心配、最期まで 学園教諭が悼み「新たな教育実践」
 養護施設「ねむの木学園」で三十九年間、宮城まり子さんと共に仕事をしてきた教諭の梅津健一さん(61)は二十三日、静岡県掛川市の同園で取材に応じ、宮城さんについて「障害のある子どもたちの健康状態を亡くなる直前まで気に掛けていた。子どもたちの学校の先生であると同時に、母のような存在でもあった」と振り返った。
・・・ 梅津さんは「障害のある子どもたちに対する新たな教育の仕方を実践した人だった。肉親を亡くしたような思いだ」と宮城さんの死を悼み、「教育理念を受け継ぎ、子どもたちを守っていきたい」と決意を新たにした。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/202003/CK2020032302000228.html



沖縄県に辺野古埋め立て承認再撤回を要請へ 県民投票の会元メンバーらが会合(2020/3/22琉球新報)
 米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古埋め立ての是非を問う19年2月の県民投票実施を直接請求した「辺野古」県民投票の会の元メンバーらが21日、那覇市内で会合を開き、今後の対応を協議した。投票結果を根拠に埋め立て承認の再撤回を行うことや、全国キャラバンを沖縄以外の全46都道府県で行うことなどを県に要請することを決めた。近く玉城デニー知事と面談し、要請書を手渡す。
 会の代表を務めた元山仁士郎氏は「県民投票の結果が尊重されることを沖縄の中でも議論を深めないといけないが、日本にも再確認していかないといけない」と述べた。
 県への要請は(1)適切な時期の再撤回(2)全国キャラバンの46都道府県での実施(3)東京行動の早急な実現(4)辺野古新基地建設の中止と、普天間飛行場の県外・国外移設を国民的議論に基づき公正で民主的に解決すべきとする意見書の県議会可決と全国への呼び掛け(5)全国知事会で同意見書の採択を求める―の5項目。
・・・ 東京行動については「全国に理解を広げていかないと解決できない」「(基地集中の背景に)植民地的構造があると認識してもらうことが大事だ」などの意見が相次いだ。
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1093965.html


posted by オダック at 22:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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