2019年08月05日

PICKUP NEWS


(声)花や木、身近な自然に異変次々(2019/8/5朝日新聞) 無職 青山友(静岡県 74)
 「昆虫減った畑は不気味だ」(7月23日)を読みました。

 静岡・伊豆に移り住んで三十余年、庭に咲いているヤマユリやクチナシ、フリージアが4〜5年前からほとんどと言っていいほど香りません。私が子どもの頃、ヤマユリなどは2、3輪咲いていれば周りは甘い香りが漂っていました。不思議でなりません。

 ここ数年で近くの桜や梅、ツツジの幹や枝に淡緑色のコケがびっしりとこびりつきました。庭にあった直径50センチ、高さ10メートルくらいのエノキも枝の先までコケに覆われて枯れかけ、やむを得ず切り倒しました。

 昆虫だけでなく、植物の世界にも異変は起きているような気がします。

 学生時代に読んだレイチェル・カーソンの「沈黙の春」を思い出しました。自然と人類との調和について、もう一度考えてみる必要があると思います。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14126828.html?ref=pcviewpage



オハイオでも9人死亡 銃乱射事件(2019/8/5東京新聞)
 【ニューヨーク=赤川肇】米中西部オハイオ州デートンで四日午前一時(日本時間午後二時)ごろ、銃乱射事件があり、警察当局によると九人が死亡、二十七人が負傷したほか、容疑者一人が警官に射殺された。容疑者の身元は特定されておらず動機や背景は不明。
 デートンは州都コロンバスの西約百キロにある人口約十四万の市で、現場は飲食店やナイトクラブなどが集まるオレゴン地区の一角。市当局によると、容疑者はライフルと防弾ベストで武装し、大容量マガジン(弾倉)を持っていた。AP通信によると、容疑者を除き四人以上が死亡する銃乱射事件は今年だけで二十二件、亡くなった犠牲者は計百二十五人となった。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201908/CK2019080502000138.html



米テキサスで銃乱射、20人死亡 白人男を拘束 憎悪犯罪か(2019/8/5東京新聞)
 【ニューヨーク=赤川肇】米南部テキサス州エルパソのショッピングモールで三日午前十時半(日本時間四日午前一時半)ごろ、銃乱射事件があり、州当局によると二十人が死亡、二十六人が負傷した。警察当局は容疑者として白人の男(21)を現場で拘束し、中南米からの移民を対象とした憎悪犯罪(ヘイトクライム)の可能性も視野に捜査している。 
 米メディアによると、拘束されたのは現場から約九百キロ東にある同州アレン出身のパトリック・クルシウス容疑者。地元警察幹部は記者会見で、容疑者によるとみられる犯行声明の存在を明らかにし、「憎悪犯罪につながる可能性をある程度示している」と指摘した。
・・・ 銃乱射事件が後を絶たない米国では、二〇一七年十月に西部ネバダ州の屋外コンサート会場で史上最悪の五十八人が死亡。昨年は十人以上が亡くなる事件が四件あり、今年五月には南部バージニア州バージニアビーチ市庁舎で十二人が命を落とすなど、近年は多数の犠牲者が出るケースが目立っている。
 テキサス州は銃規制が相対的に緩く、一般市民でも免許があれば拳銃を持ち歩けるほか、乱射事件で多用される攻撃型ライフルの規制もない。銃乱射事件では一七年十一月にサザーランドスプリングズの教会で二十六人が、一八年五月にサンタフェの高校で十人が死亡した。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201908/CK2019080502000139.html



「表現の不自由展」中止 出展者・中垣克久さんに聞く(2019/8/5東京新聞)
 愛知県で開催中の「あいちトリエンナーレ2019」で、テロ予告や脅迫ともとれる抗議が相次いで中止に追い込まれた企画展「表現の不自由展・その後」。出展者の一人で東京都在住の造形作家中垣克久さん(75)が四日、取材に応じ、「民主主義の国でこんなことはありえない」と危機感をあらわにした。中垣さんの作品は五年前、「憲法九条を守り」「靖国神社参拝の愚」などと書いた紙片が「政治的」と問題視され、東京都美術館で撤去を求められていた。 
 −中止をどう思うか。
 「五年前には『殺す』と言われた。脅迫の電話が美術館や自宅にも相次いだ。今回、脅迫があっても、まずは『警察に言います』でいいのではないか。暴力から市民を守るために警察がある。警備強化のプロセスを飛ばし、いきなり中止を決めた。脅迫や暴力を肯定したことになる。騒げば展覧会を中止にできるという前例を作ってしまった。こんなに軽く主催者側が折れた事例は、知る限りない
 −来場者の反応は。
 「『頑張ってください』と言ってくれる人が多かった。直接、私への脅迫は聞いていない。ただ、知人の画廊経営者から『こんな(日韓関係悪化の)時期に慰安婦像の展示はおかしい。一緒に出品する中垣さんもおかしい』と言われ、その画廊で来年予定していた個展の開催は難しくなった」
 −慰安婦像をどう見る。
 「純粋芸術ではないが、表現の自由を考える展覧会に出すことは悪くない。見た人が自由に評価なり反駁(ばく)なりすればいい。そういう自由がなくなっている
 −政治家の発言は。
 「河村たかし名古屋市長の撤去要請は、表現の自由を保障した憲法に反する。補助金交付と絡めた菅義偉(すがよしひで)官房長官の発言も許せない。文化の独立性を汚した
 −主催者から説明は。
 「三日夜遅く、実行委員会から電話で『展示できなくなった』と。作家抜きの決定はおかしい。これも一種の暴力。四日夜、芸術監督の津田大介氏から謝罪の電話があったが、個々の作品と作家に対し、なぜ展示中止なのか、文書で理由の説明を求めたい」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201908/CK2019080502000149.html



<金口木舌>8月6日、伊江島と広島(2019/8/5琉球新報)
 あす全国高校野球選手権大会が開幕する。かつては県勢の試合開始とともに歩行者や車が街頭や道路から消え、甲子園のテレビ中継を見るのが風物詩だった。今はスマートフォンでも視聴できる便利な時代だ

▼県民が街から消えるといえば、こちらの方が多い。戦争による負の遺産、不発弾処理だ。その周辺では避難が実施され、不便を強いられる。人でにぎわう国際通りが封鎖されることもある
▼県出身のBEGINの歌「オバー自慢の爆弾鍋」では沖縄に降り注いだ砲弾を鍋に変え、生きる糧にした戦後の暮らしを伝える。同曲を題材にしたドラマが7日、NHKBSプレミアムで放映される
▼歌は県民のたくましさを描くが、事実はそれだけではない。朝鮮戦争に伴う1950年代のスクラップブームでは集めた鉄くずの中に不発弾もあり、誤爆で命を落とす人もいた
48年8月6日、戦後最大の不発弾爆発事故が伊江島で起きた。米軍弾薬処理船(LCT)に積んだ不発弾などが爆発し、居合わせた船客や島民、乗員ら102人が死亡し、76人が負傷した
▼体験者や遺族は「8月6日は広島の原爆の日で知られるが、伊江の事故も忘れないで」と願う。今も不発弾は潜み命を脅かす。伊江港にある被爆慰霊碑は刻む。「二度とこのような惨劇が起こらない平和社会の建設を」。その思いが消え去ってはならない。
https://ryukyushimpo.jp/column/entry-966047.html



<社説>愛知芸術祭展示中止 「表現の自由」守る努力を(2019/8/5琉球新報)
 愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で、元従軍慰安婦を表現した「平和の少女像」などの展示が中止された。展示への抗議が相次ぎ、関係者や観客の安全を確保するため中止を判断したという。残念でならない。

 少女像は、企画展「表現の不自由展・その後」の一つとして出品されており、芸術祭の実行委員会は少女像だけでなく企画展全体を中止した。企画展には昭和天皇とみられる人物を扱った作品なども含まれていた。
 芸術祭が開幕したのは1日で、わずか3日で展示は打ち切られた。表現の自由を巡る日本の危機的な状況を映し出す深刻な事態だと言える。
・・・ 展示に賛同や理解を示す声がある一方、反対の意見もあるのは自然なことであり、さまざまな議論が起こるのはむしろ望ましい。だが展示を中止に追い込む卑劣な脅迫などの行為は断じて許されない。激しい憤りを禁じ得ない。
 企画展は国内の美術館やイベントで撤去や公開中止となった作品を集めた内容で、慰安婦問題のほか天皇と戦争、憲法9条などを題材にした芸術作品を紹介していた。表現の自由について議論を喚起することが企画の趣旨だった。
 芸術祭の芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介氏は「日韓関係の悪化など非常に悪いタイミングが重なった」と中止に無念さをにじませた。想定を超える批判があり、展示継続は困難との大村知事の判断に「断腸の思い」で同意したというが、企画展の実施団体は中止に抗議する声明を出した。こうした事例を繰り返してはならない。
 指摘しなければならないのは、政治家たちの振る舞いだ。実行委会長代行でもある河村たかし名古屋市長は「行政の立場を超えた展示が行われている」として大村知事に抗議文を出し少女像などの展示中止を求めた。松井一郎大阪市長(日本維新の会代表)は、事前に展示は問題だと河村氏に伝えていた。芸術祭は文化庁の補助事業だが、菅義偉官房長官は補助金交付を慎重に判断する考えを示した。
 自由な創作や表現活動を守るべき立場にある行政の責任者らのこうした言動は理解に苦しむ。日本ペンクラブは「政治的圧力そのもので、憲法21条2項が禁じる『検閲』にもつながる」と指摘している。
 日本は戦後、言論・表現の自由が封殺され道を誤った戦前の反省に立ち民主主義の歩みを続けてきたが、その基盤は決して強固ではない。展示中止の経緯を検証し、議論を深めなければならない。
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-966044.html



(声)シリアの「妹」に教えられた命(2019/8/4朝日新聞) 中学生 佐藤緒実(静岡県 14)
 シリアで7月24日にあった出来事の報道に、強い衝撃を受けた。

 空爆で倒壊した建物から滑り落ちそうな生後7カ月の妹のシャツをつかむ姉。自分もがれきに埋もれながら、必死の姿。その写真に、私はとてもやるせなくなった。

 正直なところ、シリア内戦をあまり気にしたことはなかった。だが写真を見て、知らなければと思った。

 なぜ子どもまで内戦に巻き込まれなければいけないのか。たくさんの死者を出してまで内戦を続ける意味がどこにあるのか。

 私は命よりも大切なものなど無いと思う。その命が簡単に絶たれる戦争など、意味は全く無いはずだ。なのに戦争はなくならない。とても悲しく感じる。

 写真を見て、私がこの姉なら自分を犠牲に妹を助けられたか、とも思った。私にも妹がいる。けんかもよくするが、大切な妹だ。だが、実際に自分の命も危険な時、とっさの判断で妹を助けられるのか。いくら考えてもわからなかった。

 生まれた場所が違うだけでこんなにも命に差が生まれるなど、あってはならない。世界から戦争がなくなることを心から願う。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14126667.html?ref=pcviewpage


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2019年07月28日

PICKUP NEWS

(声)「平和」を叫ぶ、庭の蛙も私も(2019/7/28朝日新聞) 雑誌記者 上遠野充(千葉県 60)
 参院選も終わり、8月15日が近づいてきた。74回目の終戦の日だ。

 さて、選挙期間中、例年にない長梅雨のせいか、わが家の庭の蛙(かわず)が元気に騒いでいた。小さな畑で除草剤も使用せず、無農薬で野菜を栽培している。

 今回、自公維で改憲発議に必要な3分の2以上の議席を獲得できなかったことは救いであった。安倍晋三首相は「憲法改正原案に向けた議論を呼びかけたい」と述べ、執念は衰えていない。

 自公連立政権は憲法解釈を閣議で変更し、安保法制を整備。特定秘密法や「共謀罪」法を強行採決した。このうえ、憲法改正手続きを定めた96条が改正され、発議要件が緩められたら大変だ。

 私は祖母の代からの創価学会員だが、今回は公明党に一票を投じられなかった。与党は国会で、国民が納得するまで論議をしてほしい。強引な政治手法は無農薬の田畑に農薬をばらまくのと同じで、蛙は死ぬ。私はわが庭の蛙のように、原点は平和主義にあり、「改憲NO!」と叫び続ける。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14116743.html?ref=pcviewpage



(声)当事者の2人、国会に新風を(2019/7/28朝日新聞) 無職 奥屋平(宮崎県 74)
 山本太郎氏が率いる政治団体「れいわ新選組」が参院選比例区で2議席を獲得した。当選したのは筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の舩後(ふなご)靖彦さんと、脳性まひで重度障害のある木村英子さんである。

 結果を知ってまず思ったのは、国会内外でのハードな議員活動を2人がどこまでこなせるのだろうか、活動をサポートする健常者の議員が必要ではなかったかということだ。

 しかし、すぐ思い直した。当事者の議員がいてこそ、その議員活動を成立させるための環境整備がなされると思うからだ。

 国会を私たちの住む街、地域の縮図と考えてみる。ノーマライゼーションが言われて久しいが、インフラ整備も心のバリアフリーも、叫ばれるほどには進んでいない。国会がハード、ソフト両面において障害者の方々に優しい環境づくりをすすめるいい契機かもしれない。

 老後に2千万円が不足するという問題もしかり。年金問題が国会議員にとっての「我が事」であれば、もっと国民目線の活発な論議がなされたのではないだろうか。

 「れいわ」のお二人には国会のあり方に新風を吹き込んでほしい。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14116742.html?ref=pcviewpage



(声)尊い贈り物、子々孫々伝えたい(2019/7/28朝日新聞) 無職 山内孝子(愛知県 88)
 わが国が始めた世界史上空前絶後の、悲惨で、愚劣な戦争の顛末(てんまつ)を、生き残りの私たちはもっと声を大にして語り継ぐべきだった。

 私たちが選んだ「選良」と呼ばれる人々が、私たちを再び奈落の底に陥れるのではないか。そんな不安が脳裏をかすめるとき、後悔の念に駆り立てられる。

 少女時代、私たちは学徒動員令によって学業を捨てさせられ、「東洋一の兵器工場」と言われた豊川海軍工廠(こうしょう)(愛知県)で懸命に兵器増産に励んだ。終戦間近の1945年8月7日、工廠はB29の空襲によりわずか30分で廃墟(はいきょ)と化し、2500人以上の犠牲者を出した。今の中学生にあたる少年少女も含まれていた。

 私は奇跡的に生き延び、終戦を迎えた。死別の悲しみ、家族の病気。家も土地も失い、貧窮にさいなまれ、自死も考えた。この無謀な戦争で失われた命は310万人。この尊い犠牲によって、日本国憲法は得られた。長い長い戦争の犠牲となった人々の尊い贈り物である。

 私たちは二度と戦争の惨禍を繰り返すまいと恒久平和を誓った。子々孫々、この贈り物を大切に伝えていってほしいと願う。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14116741.html?ref=pcviewpage



【社説】週のはじめに考える 民意の「外」から見れば(2019/7/28東京新聞)
 見る場所によって、違うものに見える。そんな視覚トリックのアート作品がありますが、どう見えるかで、どこから見ているかが分かることもあります。
 先の参院選の結果は、安倍首相には、こう見えたようです。
 「少なくとも、(改憲の)議論は行うべきだ。それが国民の審判だ」
 あまつさえ、「この民意を正面から受け止めてほしい」と野党に呼びかけさえしました。
◆米紙「改憲の権限なし」
 根拠は、与党が「勝利」したから、でしょう。確かに、開票日翌日の朝刊各紙一面には、「与党が改選過半数」の大きな見出しが躍りました。
 しかし、もう一つの大見出しは「改憲勢力3分の2割れ」(小紙はそれが一番手)です。衆院に続いて、改憲勢力が三分の二以上を占め、国会での発議ができる勢力になるかどうかが最大の焦点でしたが、そうはなりませんでした。
・・・ 選挙区で、首相が率いる自民党は議席の五割以上を獲得しましたが、全有権者に占める絶対得票率は、18・9%にすぎません。しかも、前回参院選から2ポイント以上のダウン。第二次安倍政権発足後に行われた参院選三回、衆院選二回で、二割を切ったのは今回が初めてです。
 参院選後の共同通信の世論調査によれば、安倍政権下での改憲に「反対」との回答は56%、「賛成」の32・2%を大きく上回っています。
 また、安倍内閣が優先して取り組むべき課題を二つまで選んでもらった問いでも、「年金・医療・介護」や「景気や雇用など経済政策」が上位を占め、「改憲」は実に、九つの選択肢で最も低い6・9%にすぎなかったのです。
・・・ 「シンゾー・アベは勝利を宣言したが、改憲の権限はなし」。そう掲げた米紙の見出しの方が、よほど素直です。
◆選挙後に「3分の2」
 冒頭、見る場所によって見えるものが変わるアート作品のことを書きましたが、問題は、では、首相はどんな所から、この選挙結果を見ていたのかということです。
 キーワードは、恐らく「議論する」。
 思えば、首相は選挙中、率直に改憲したい、と訴えるより、「改憲を議論する政党・候補か、議論しない政党・候補か」と繰り返していました。仮に改憲勢力が三分の二を割っても、与党が勝ちさえすれば「議論は行うべきだ、が国民の審判」と主張できる−。そう平仄(ひょうそく)を合わせられるよう、周到に練った戦略的修辞だったことがうかがえます。
 要するに、選挙結果、三分の二がどうあれ、とにかく改憲に突き進む腹づもりだった。だとすれば、もはや首相の視座は選挙−首相の言葉を借りるなら「国民の審判」や「民意」の“外”にある、と考えるほかありません。
 実際、記者会見で首相はこうも言っています。「国民民主党の中には、議論すべきだという方々がたくさんいる」。今後、「議論する」を誘い水に、何人か(あるいは丸ごと)改憲勢力に取り込む戦略です。数議席足りなかった三分の二を、文字通り、選挙=民意の“外”で達成してしまおうというのですから、いうなれば、首相の目に「国民民主」は見えていても、「国民」は見えていないということになりましょう。
 そもそも、なぜ改憲しなければならないのでしょう。国民から強い要請があるわけではない、どころか、反対が多いのに。
 首相は九条に自衛隊を明記するという自民党案について、「それだけにとらわれず、与野党を超えて三分の二の賛同が得られる案を練る」とも言っています。さらに民放番組では、国会発議と国民投票を「私の任期中に何とか実現したい」と。
 なぜ国の大事をなすのに「私の任期中」なのか。もはや、なぜ改憲するのかという核心は溶融し、「どう改憲するか」ではなく、ただ「自分の手で改憲する」こと自体が目的になっているように聞こえなくもありません。
◆間違った立ち位置
 人々の多くが安倍政権に期待しているのは「改憲」、では決してありません。先にあげた世論調査で言えば、最下位の項目です。それが、最優先に見えているのだとしたら、やはり首相の立ち位置、見ている場所が間違っている。民意の“外”にいるからです。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019072802000132.html



<社説>重度障がい者の当選 共生社会を築く契機に(2019/7/28琉球新報)
 重い障がいのある国会議員が登場する。れいわ新選組から参院選に出馬し、初当選した船後靖彦氏(61)と木村英子氏(54)だ。

 船後氏は41歳で全身の筋肉が徐々に動かなくなる「筋萎縮性側索硬化症」(ALS)を発症した。現在は声を発せられず、歯でかむセンサーでパソコンを操作し、介助者が示す文字盤を目線で追って意思を伝える。木村氏は生後8カ月で障がいを負った。
 国会は船後、木村両氏の議員活動を保障するために、できることはすべて実行すべきだ。それによって、障がい者に対する理解が深まり、ハンディのある人たちが少しでも暮らしやすい社会に近づく契機になればいい。その意味で、両氏の当選は画期的な出来事だ。
 当たり前のことであるが、難病や障がいは誰にでも起こり得る。
 高齢化社会が進み、体が不自由になったり、寝たきりになったりする可能性は高くなった。しかし、現状は障がいのある人に優しい社会とは言えない。障がい者でなくても、例えばベビーカーを押していれば、道路の歩きにくさや公共交通機関の使いづらさなどを多くの人が経験しているだろう。
 国会のバリアフリーが進んだきっかけは脊髄損傷で車いすを使っていた八代英太氏の当選だった。障がい者用トイレやスロープが設置され、郵政相として入閣後は官邸に車いす用リフトができた。
 今回はさらに進んだバリアフリー化が必要だ。大型の電動車いすを使い、医療機器用の電源も必要な両氏のために、国会は出入り口近くに車いすのまま着席できる議席を設置し、電源を設置する。裁決に当たっては介助者がボタンを押し、代筆することを認めた。
 こうしたハード面の整備以外にも対応が必要だ。船後氏は文字盤を使用して会話するため意思表示に時間がかかる。
 まだ壁はある。重度障がい者は障害者総合支援法に基づく「重度訪問介護」で日常生活の介助を受けられる。しかし支援法は「経済活動にかかる支援」は雇用主らが負担すべきであるとの考え方から議員活動中は介護サービスへの公費負担が打ち切られる。両氏は「障がい者は働くなということか。仕事を持つことこそ自立支援だ」と訴える。厚労省は「現行制度では対応が難しい」との回答だが、議員活動に影響が出ないような支援が必要ではないか。
 声が出ない船後氏はALS患者らが利用する「分身ロボット」の導入を要望しており、障がい者の自立支援運動に取り組む木村氏は障がい児と健常児がともに学び会うインクルーシブ教育の実現を目指す。
 「障がい者や社会的弱者が住みやすい国に」との両氏の声は重い。真の共生社会をつくるにはどうすればいいのか。一人一人が自分事として考える必要がある。
https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-961794.html


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2019年07月20日

PICKUP NEWS

イランが英タンカーを拿捕、報復行為か ホルムズ海峡(2019/7/20朝日新聞)
 イランの最高指導者直属の精鋭部隊・革命防衛隊は19日、中東のホルムズ海峡で英国の石油タンカー1隻を拿捕(だほ)したと明らかにした。英領ジブラルタルの自治政府が今月4日にイランの原油を積んだタンカーを拿捕したことなどへの報復とみられる。同海峡をめぐっては、米国が対イラン包囲網の構築を目指す「有志連合」の結成を呼びかけるなど、緊張が高まっている。
 防衛隊は拿捕の理由について、「国際的な海洋規制の順守を怠ったため」としている。タンカーは現在、検査や法的な措置を受けるためにイランの港に向かっているという。
 タンカーの所有会社と管理会社が19日夜に出した共同声明によると、英国時間の19日午後4時(日本時間20日午前0時)ごろ、英船籍の「ステナ・インペロ」が同海峡の公海を航行中、所属不明の複数の小型船とヘリコプターが接近。その後、タンカーはイランに向かって北進し、連絡がとれなくなったという。タンカーには23人が乗っていたが、けが人の情報はないという。
・・・ 英メディアによると、英企業が所有するリベリア船籍のタンカーも一時拿捕されたが、その後解放され、航行を再開したという。
https://digital.asahi.com/articles/ASM7N1F3VM7MUHBI03R.html?iref=comtop_list_int_n02



イラン外交官に米が移動制限 ザリフ氏、国連に是正要求(2019/7/20朝日新聞)
 米国との緊張が高まる中、イランのザリフ外相は18日、ニューヨークの国連本部でグテーレス事務総長と会談した。イラン外交筋によると、ザリフ氏やイラン代表部の外交官がビザを発給する米国から厳しい移動制限を受けているといい、是正を求めたという。
 ザリフ氏は14〜19日にニューヨークに滞在。だが、マンハッタン島内では、国連本部とイラン代表部、大使公邸の3カ所の間しか動けないよう米国から求められた。ロイター通信によると、この制限は12日からイラン代表部の外交官や家族にも適用されている。
・・・ 一方、ポンペオ米国務長官はワシントン・ポスト紙の取材に「米国の外交官は(イランの首都の)テヘランを歩き回らない。イランの外交官もニューヨークを自由に歩く理由は見いだせない」と正当性を主張。ザリフ氏については「悪意に満ちたプロパガンダを広めるために米国の自由さを利用している」と語った。
 米国は国連との合意のもと、外交官に国連本部への出入りを許可するビザの発給義務を負っている。国連のハク副報道官は18日までに会見で、複数回にわたり「憂慮している」と表明。米イラン双方と連絡を取っており、米国には懸念を伝えたという。
https://digital.asahi.com/articles/ASM7M3JGRM7MUHBI015.html?iref=comtop_list_int_n04



東電、福島第二廃炉を月内にも正式決定 福島県に伝達へ(2019/7/20朝日新聞)
 福島第二原発(福島県)の全4基について、東京電力ホールディングス(HD)が月内に開く取締役会で廃炉を正式に決める見通しであることが分かった。小早川智明社長が福島県庁を訪れ、方針を伝える。
 福島第二をめぐっては、小早川社長が昨年6月に福島県の内堀雅雄知事に、「廃炉の方向で具体的な検討に入りたい」と伝えていた。その後、具体的な廃炉工程などを検討してきた。
 福島第二の4基は1982〜87年に運転を開始。いずれも運転開始から30年をすぎ、原則的な運転期間の40年に近づいていた。再稼働に必要な安全対策などの工事には、数千億円規模の追加投資が必要だった。
 東電は4基の廃炉費用を計約2800億円と見込む。廃炉になれば、東電の原発は柏崎刈羽原発(新潟県)の7基と、建設中の東通原発(青森県)だけとなる。
https://digital.asahi.com/articles/ASM7M778PM7MULFA03P.html?iref=comtop_list_biz_n01



(声)語りつぐ戦争 被爆した「南方特別留学生」(2019/7/20朝日新聞) 無職 挟間敏子(広島県 82)
 4月に全面リニューアルした広島平和記念資料館(原爆資料館)を先日訪れ、1枚の見覚えのある写真に釘付けになった。現在のマレーシア出身のアブドゥル・ラザクさん。広島文理科大学(現広島大)の「南方特別留学生」だった。1945年8月6日の広島原爆投下時は20歳。被爆したが生き残られた。被爆死したお仲間の名前が説明文にあった。

 私は小学2年の時、この方々と同じ屋根の下、大学の留学生寮で暮らしていた。前年に父が病死し、母は寮の炊事婦として住み込み、私と4歳上の姉との3人暮らし。お国の歌を教わるなど可愛がってもらった留学生のことを忘れない。亡母のアルバムにラザクさんの写真もあった。

 45年4月、私は山口県の親戚宅へ疎開。母も7月に山口へ移り助かった。女学生の姉は学徒動員で広島に残り被爆死。遺骨も見つからない。

 南方特別留学生とは何か、大人になって知った。日本が占領下の国々で親日指導者を育てるため有力者の子らを集めた国費留学生だ。帰郷したラザクさんは大学講師に。被爆体験を語り、何度か来日。2013年に広島大から名誉博士号を授与され、その後亡くなったと最近知った。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14104427.html?ref=pcviewpage



(声)語りつぐ戦争 母の心に生きていた28歳の兄(2019/7/20朝日新聞) 無職 島田龍太(奈良県 61)
 91歳で先日亡くなった母には12歳年上の兄がいた。私の伯父だ。32年、神奈川県の横須賀海軍航空隊に少年飛行兵(後の飛行予科練習生、予科練)として入隊。妹である母を可愛がり、郷里の和歌山に帰った時はデパートに連れて行き、洋服や帽子、靴を買ってくれたという。

 44年11月、南洋の米軍基地発のB29が東京に現れて以来、伯父は偵察機「彩雲(さいうん)」で米軍基地を偵察し、写真撮影を行う任務についた。米軍機との遭遇を避けてかなりの高度をたびたび飛行し、機内の温度は氷点下という酷寒の任務だったようだ。

 その頃、突然、伯父が郷里に帰ってきたことを母は鮮明に記憶していた。それが最後の別れとなった。45年4月、沖縄戦が激しくなる中、伯父は石垣島方面の偵察に単機で飛び立ち、「敵飛行機見ユ」と打電を残し、戦死。28歳、幼子2人を残して。

 晩年の母は認知症だった。ある夜、母が天井を見つめ、「知った人が大勢迎えに来た。兄さんが皆をにらんで追い返している」と言った。やがて正気に戻った母は「兄さん、無念だったろうに。生きたかったろうに」と泣いた。74年過ぎてなお、母の心に28歳の兄は生きていた。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14104428.html?ref=pcviewpage


(声)語りつぐ戦争 基地と隣り合わせの恐怖感じた(2019/7/20朝日新聞) 高校生 小林優祈(東京都 17)
 修学旅行で沖縄に行った。たくさんの自然、文化に触れると同時に、道端に基地移設反対のポスターが並び、空を見上げればガイドさんの声をかき消す爆音をたてて米軍機が飛ぶ様子を目の当たりにした。

 沖縄を訪れる前は、基地移設の何が問題なのか、普天間の危険が除去されるならよいのではないか、と安易に考えていた。だが実際は、高台から見える広大な米軍基地、それから無数の戦闘機に圧倒され、これらと隣り合わせで毎日過ごすことを思うと、心の底から恐怖を感じた。

 その不安と負担は現地に住んでいる人、そして実際に訪れた人にしかわからないものだと思う。「唯一の解決策」だからと、県民の反対を押し切ってまで基地移設を強行する理由は何だろう。

 沖縄返還から47年。このことを考えている国民はどのくらいいるのだろう。時がたつにつれて忘れられ、他人事(ひとごと)になってしまっていいのだろうか。私たち若者が政治に興味を持ち、沖縄県民の心に寄り添って考えるべきだ。沖縄の方々が安心して過ごせる未来を信じて、私も「声」を上げる。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14104429.html?ref=pcviewpage



(声)語りつぐ戦争 弟の死、戦地の父に言えぬ母(2019/7/20朝日新聞) 無職 益池雅子(大阪府 81)
 40年冬、大阪に身重の母を残して陸軍歩兵の父は中国へ出征。年末に双子の男児が生まれ、戦時中らしく武(たけし)、勇(いさむ)と名付けられました。母は私たち3人の身長を測り、糸に印を付けて成長記録として戦場の父に送っていました。

 43年9月、武が「母ちゃん、しんどい」と言い、ひどい熱です。往診の医師からは水を飲まさぬようにとの指示。でも、弟は水を欲しがりました。「お水は今ないの」と言うと、水枕を揺すり「ここにある」。翌朝、弟の顔に白い布がかぶせられました。5歳の私は「死」が分かりませんでした。

 物資不足で棺(ひつぎ)がなく、リンゴの木箱に座布団を敷いて弟を納め、リヤカーで斎場へ。荼毘(だび)に付しました。正式の骨つぼもなく、ふた付きの陶器を代用としました。

 男児を「産めよ増やせよ」の時代。母は武を亡くしたと戦場の父に言えず、以後、弟が生きているかのようにしるした偽りの糸を送り続けました。父は46年復員。母がどんな思いで父に接したか。胸中を思うと今も私は涙します。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14104431.html?ref=pcviewpage



(社説)参院選 憲法の論戦 議論か否かの強引さ(2019/7/20朝日新聞)
 「憲法について議論をする政党を選ぶのか、しない政党を選ぶのか。それを決める選挙だ」
 安倍首相は党首討論会や街頭演説でこう繰り返している。議論が国会議員の大事な仕事であるのは間違いないが、首相のこの論法をそのまま受け入れることはできない。
 この1年あまり、衆参両院の憲法審査会で自民党の改憲案を説明する機会が得られなかったことを首相は問題視している。
 だが、公明党の山口那津男代表が指摘するように、憲法の議論を全く否定している政党はない。憲法審が自民の思い通りに開かれなかったのは事実だが、それは首相が批判するように野党に一方的に責任があるとは言えない。
 首相は自民党総裁選を控えた昨年8月の講演で「いつまでも議論だけを続けるわけにはいかない」と語り、党の改憲案を秋の臨時国会に提出できるよう、党内論議を加速する意向を表明した。9月に総裁3選を果たすと、野党との信頼関係を築いてきた衆院憲法審の筆頭幹事を交代させ、憲法にかかわる党の要職に自らに近い改憲積極派を起用した。
・・・ そもそも「議論するか、しないか」と、声高に叫ぶ資格が首相にあるのか。
 安倍内閣や与党は、野党からの臨時国会召集や予算委員会開催の要求をはねつけてきた。立憲民主党などが衆院に昨年提出した原発ゼロ法案や選択的夫婦別姓を認める民法改正案は、一度も委員会で審議されないままだ。都合の悪い議論を拒んできたのはむしろ政権側である。
・・・ 首相は自衛隊を9条に明記しても活動内容は変わらないという。しかし、野党や識者の間では、自民案の書きぶりでは、安倍政権が9条解釈を変更して認めるようにした集団的自衛権の限定的な行使どころか、全面的な行使に道を開くことになるとの批判が強い。
 この批判に首相はきちんと答えていない。議論の土俵づくりを妨げているのは、むしろ首相自身ではないか。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14104423.html?iref=comtop_shasetsu_01



(声)犠牲の上にある選挙権生かせ(2019/7/19朝日新聞) パート 立石幸子(宮崎県 68)
 21日は参院選の投開票日。だけど東京に住む20代の息子は、まだ投票権を行使したことがないようだ。「ネット投票ならするけど。投票率も上がると思うよ」と言う。

 あなたが先日見舞った祖母には終戦時の1945年、選挙権がなかった。当時は男性のみ。女性は、何百万人の死者が出た戦争の後、初めて選挙権を得たのだ。国政に参加できたことで、「主権は国民にある」と実感できたことだろう。

 私が勤める高齢者ホームの女性利用者も入所前、選挙に行っていたという。戦時中、男性は国のために兵士として命を捨てざるをえず、女性は何の抵抗もできずに夫や息子を戦争に奪われた。その無念さを一票に反映させようとしたのではないか。

 私も政治不信に陥り、誰に入れても同じだと白票を投じたことがある。しかし投票せず、政治を野放しにした結果、政治家に一方的に決められたら、選挙権がなかった時代と変わらなくなってしまう。

 昔、あなたのおばあちゃんは、投票券を握りしめて投票所に行った。90代になっても腰を曲げて、歩いて自分の責任を果たし続けた。息子よ、私たちも選挙に行こう。
https://digital.asahi.com/articles/DA3S14102864.html?ref=pcviewpage


posted by オダック at 16:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする